・・・といって潮の満干を全く感じない上流の川の水は、言わばエメラルドの色のように、あまりに軽く、余りに薄っぺらに光りすぎる。ただ淡水と潮水とが交錯する平原の大河の水は、冷やかな青に、濁った黄の暖かみを交えて、どことなく人間化された親しさと、人間ら・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・今にはじめぬことながら、ほとんどわが国の上流社会全体の喜憂に関すべき、この大いなる責任を荷える身の、あたかも晩餐の筵に望みたるごとく、平然としてひややかなること、おそらく渠のごときはまれなるべし。助手三人と、立ち会いの医博士一人と、別に赤十・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・そこで、讃歎すると、上流、五里七里の山奥から活のまま徒歩で運んで来る、山爺の一人なぞは、七十を越した、もう五十年余りの馴染だ、と女中が言った。してみると、おなじ獺でも山獺が持参するので、伝説は嘘でない。しかし、お町の――一説では、上流五里七・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・の蔵品必ず茶器が其一部を占めている位で、東洋の美術国という日本の古美術品も其実三分の一は茶器である、然るにも係らず、徒に茶器を骨董的に弄ぶものはあっても、真に茶を楽む人の少ないは実に残念でならぬ、上流社会腐敗の声は、何時になったらば消え・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・それにしても岡村の家は立派な士族で、此地にあっても上流の地位に居ると聞いてる。こんな調子で土地の者とも交際して居るのかしらなど考える。百里遠来同好の友を訪ねて、早く退屈を感じたる予は、余りの手持無沙汰に、袂を探って好きもせぬ巻煙草に火をつけ・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・尤も今ほど一般的ではなかったが、上台閣の諸公から先きへ立って浮れたのだから上流社会は忽ち風靡された。当時の欧化熱の急先鋒たる公伊藤、侯井上はその頃マダ壮齢の男盛りだったから、啻だ国家のための政策ばかりでもなくて、男女の因襲の垣を撤した欧俗社・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・少し取り乱してはいるが、上流の奥さんらしく見える人が変な事を言うと思ったのである。書記等は多分これはどこかから逃げて来た女気違だろうと思った。 女房は是非縛って貰いたいと云って、相手を殺したという場所を精しく話した。 それから人を遣・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・二つの溪の間へ楔子のように立っている山と、前方を屏風のように塞いでいる山との間には、一つの溪をその上流へかけて十二単衣のような山褶が交互に重なっていた。そしてその涯には一本の巨大な枯木をその巓に持っている、そしてそのためにことさら感情を高め・・・ 梶井基次郎 「蒼穹」
・・・それは肺結核で死んだ人間の百分率で、その統計によると肺結核で死んだ人間百人についてそのうちの九十人以上は極貧者、上流階級の人間はそのうちの一人にはまだ足りないという統計であった。勿論これは単に「肺結核によって死んだ人間」の統計で肺結核に対す・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・そして先ず自分の思いついた画題は水車、この水車はその以前鉛筆で書いたことがあるので、チョークの手始めに今一度これを写生してやろうと、堤を辿って上流の方へと、足を向けた。 水車は川向にあってその古めかしい処、木立の繁みに半ば被われている案・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
出典:青空文庫