・・・文子はおやとなつかしそうに、十吉つあんやおまへんか、久しぶりだしたなアと、さすがに笠屋町の上級生の顔を覚えていてくれました。文子はそのころもう宗右衛門町の芸者で、そんな稼業とそして踊りに浮かれた気分が、幼な馴染みの私に声を掛けさせたといえま・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ところが自由寮には自治委員会という機関があって、委員には上級生がなっていたが、しかしこの委員は寮生間の互選ではなく、学校当局から指命されており、噂によれば寮生の思想傾向や行動を監視して、いかがわしい寮生を見つけると、学校当局へ報告するいわば・・・ 織田作之助 「髪」
・・・私の家のすぐ裏で、W君は、私より一年、上級生だったので、直接、話をしたことは無かったけれど、たったいちど、その登記所の窓から、ひょいと顔を出した、その顔をちらりと見て、その顔だけが、二十年後のいまとなっても、色あせずに、はっきり残っていて、・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
・・・高等学校の生徒でそこに出席していたのは、ほとんど上級生ばかりで、一年生は、私ひとりであったような気がする。とにかく、私は末席であった。絣の着物に袴をはいて、小さくなって坐っていた。芸者が私の前に来て坐って、「お酒は? 飲めないの?」・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・居ないのでないもうこっちが三年生なのだが、あの挨拶を待ってそっと横眼で威張っている卑怯な上級生が居ないのだ。そこで何だか今まで頭をぶっつけた低い天井裏が無くなったような気もするけれどもまた支柱をみんな取ってしまった桜の木のような気もする。今・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ 高等小学上級生、中学初級生が、予科練へ送りこまれて行ったあの列伍の姿を忘れることが出来ず、彼等をむざむざ殺した者たちのきょうの安泰について許すことが出来にくい。生命の否定・人格無視・人種間の偏見を根幹とした軍事権力の支配とその教育のも・・・ 宮本百合子 「生きつつある自意識」
・・・お父さんが動いても子供が大勢の場合には、まだ不充分で、女学校の一年、二年、ひどい場合には国民学校の上級生の小さい人達までが、自分の智慧で食物を見つけようと思うようになって来ています。疎開児童は田舎へ行って爆弾からは護られたけれども空腹からは・・・ 宮本百合子 「美しく豊な生活へ」
・・・退屈きわまる裁縫室の外には、ひろい廊下と木造ながらどっしりしたその廊下の柱列が並んでそういう柱列は、表側の上級生の教室のそとにもあった。日がよく当って、砂利まで日向の香いがするような冬のひる休み時間、五年生たちがその柱列のある廊下の下に多勢・・・ 宮本百合子 「女の学校」
初めてあなたのお書きになるものを読んだのは、昔、読売新聞にあなたが「二人の小さいヴァガボンド」という小説を発表なさったときであり、その頃私は女学校の上級生で、きわめて粗雑ながら子供の心理の輪廓などを教わっていた時分のことで・・・ 宮本百合子 「含蓄ある歳月」
・・・その娘さんは土方さんと云い、お茶の水の上級生であった。成美というのが、そのお婿さんであろうと思う。 ショルツ氏についてコンチェルトを弾く位だったひとが、結婚した良人がシントーイスムでピアノにさわれずいたずらに年を経ている例がある。 ・・・ 宮本百合子 「きのうときょう」
出典:青空文庫