・・・久しい間、我々は漢文をそのままに読み、多くの学者は漢文書き下しによって、否、漢文そのものによって自己の思想を発表して来た。それは一面に純なる生きた日本語の発展を妨げたともいい得るであろう。しかし一面には我々の国語の自在性というものを考えるこ・・・ 西田幾多郎 「国語の自在性」
・・・ 私は、いつの間にか女の足下の方へ腰を、下していたことを忌々しく感じながら、立ち上った。「おめえたちゃ、皆、ここに一緒に棲んでいるのかい」 私は半分扉の外に出ながら振りかえって訊いた。「そうよ。ここがおいらの根城なんだからな・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ただ、国勢変革の前後をもって、かりに上下の名を下したるのみ。 かくの如く、天下の人心を二流に分ち、今の政府はそのいずれの方にあるものなりやと尋ぬれば、口を放ちてこれを上流といわざるをえず。その明証は、世人誤って人事変革の原因をも政府に帰・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・あの時邪魔の無い所で、久しく御一しょにいますうちに、あなたの人にすぐれていらっしゃること、珍らしい才子でいらっしゃること、何かなさるのに思い切って大胆に手をお下しになることなんぞが、わたくしにはよく分かりましたので、わたくしはあなたをえらい・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ 余は断定を下していわん、曙覧の歌想は『万葉』より進みたるところあり、曙覧の歌調は『万葉』に及ばざるところありと。まず歌想につきて論ぜん。〔『日本』明治三十二年三月二十八日〕 歌想に主観的なるものと客観的なるものとあり。『万葉』・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ 九月六日 一昨日からだんだん曇って来たそらはとうとうその朝は低い雨雲を下してまるで冬にでも降るようなまっすぐなしずかな雨がやっと穂を出した草や青い木の葉にそそぎました。 みんなは傘をさしたり小さな簑からすきとおるつ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ 陽子はコーンビーフの罐を切りかけた、罐がかたく容易に開かない、木箱の上にのせたり畳の上に下したり、力を入れ己れの食いものの為に骨を折っているうちに陽子は悲しく自分が哀れで涙が出そうになって来た、家庭を失った人間の心の寂寥があたりの夜か・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・鴎外の墓穴には沙礫乱下したのを見る外、ほとんど軟い土を投じたのを見なかった。ただ一ついくらか手軟だと思ったのは、ほととぎすの記者が、鴎外も最早今まで我等に与えた程のものをば与うることを得ぬであろうと云ったくらいなものだ。ついでだから話すが、・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・感覚と新感覚 これまで多くの人々は文学上に現れた感覚なるものについて様々な解釈を下して来た。しかしそれは間違いではないまでもあまりにその解釈力が狭小であったことは認めねばならぬ。ある一つの有力な賓辞に対する狭小な認識はそれが・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・そこへがっかりして腰を下した。じっと坐って、遠慮して足を伸ばそうともしないでいる。なんでも自分の腰を据えた右にも左にも人が寝ているらしい。それに障るのが厭なのである。 暫く気を詰めて動かずにいると、額に汗が出て来る。が重くなって目が塞が・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫