・・・ ナポレオンは寝台に腰を降ろすとルイザの脹らかな腰に手をかけた。だが、彼は今ハプスブルグの娘に、自分の腹をかくし通した苦痛な時間が腹立たしくなって来た。彼は腹部の醜い病態をルイザの眼前にさらしたかった。その高貴をもって全ヨーロッパに鳴り・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・そのまま内庭へ這入って行って叺を下ろすと、流し元にいたお霜が嶮しい顔をして彼の傍へ寄って来た。「お前まアどうするつもりや、あんな者連れ込んで来てさ。」「抛っておいたらええが。」「抛っておけって、たちまちお前どこへ置くぞ。汚い! ・・・ 横光利一 「南北」
・・・実に静静とした美しさで、そして、いつの間にかすべてをずり落して去っていく、恐るべき魔のような難題中のこの難題を、梶とて今、この若い栖方の頭に詰めより打ち降ろすことは忍びなかった。いや、梶自身としてみても自分の頭を打ち割ることだ。いや、世界も・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ 吉は仮面を引きずり降ろすと、鉈を振るってその場で仮面を二つに割った。暫くして、彼は持ち馴れた下駄の台木を眺めるように、割れた仮面を手にとって眺めていた。が、ふと何んだかそれで立派な下駄が出来そうな気がして来た。すると間もなく、吉の顔は・・・ 横光利一 「笑われた子」
出典:青空文庫