・・・今世の有識社会は、学問智識に乏しからず、何でも能く解って居るので、口巧者に趣味とか詩とか、或は理想といい美術的といい、美術生活などと、それは見事に物を言うけれど、其平生の趣味好尚如何と見ると、実に浅薄下劣寧ろ気の毒な位である、純詩的な純趣味・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・その関係と云っても、僕は民子と下劣な関係をしたのではない。 僕は小学校を卒業したばかりで十五歳、月を数えると十三歳何ヶ月という頃、民子は十七だけれどそれも生れが晩いから、十五と少しにしかならない。痩せぎすであったけれども顔は丸い方で、透・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・僕が妻からこんな下劣な侮辱の言を聴くのは、これが初めてであった。「………」よッぽどのぼせているのだろうから、荒立ててはよくないと思って、僕はおだやかに二階へつれてあがった。 茶を出しに来たおかみさんと妻は普通の挨拶はしたが、おかみさ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・「ほんまに、あの人くらい下劣な人はあれしませんわ」「そうですかね。そんな下劣な人ですかね。よい人のようじゃありませんか」 その気もなく言うと、突然女が泪をためたので驚いた。「貴方にはなにも分れしませんのですわ。ほんまに私は不・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・そして、そのいずれの文学も下劣極る文学だったことが注目に価する。そして、なお日清戦争後には、高山樗牛の日本主義の主張が起り、日露戦争後には、岩野泡鳴の国粋主義の主張が起ったことも、一九三二年のファッショの発展と照合して、注目に価する。 ・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・併し独楽は下劣の児童等と独楽あてを仕て遊ぶのが宜くないというので、余り玩び得なかったでした。紙鳶は他の子供が二枚も三枚も破り棄てて仕舞う間に自分は一枚の紙鳶を満足にあげて遊んで居た程でした。これは紙鳶を破るような拙なことを仕無いのと、一つは・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・ 君の手紙は下劣でした。お答えするのも、ばからしい位です。けれども、もう一度だけ御返事を差し上げます。君の作品を、忘れる事が出来ないからです。 自分は、君の手紙を嘘だらけだと言いました。それに対して君は、嘘なんか書かない、どこがどん・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・などそれは下劣な事ばかり、大まじめでいって罵り、階下で赤子の泣き声がしたら耳ざとくそれを聞きとがめて、「うるさい餓鬼だ、興がさめる。おれは神経質なんだ。馬鹿にするな。あれはお前の子か。これは妙だ。ケツネの子でも人間の子みたいな泣き方をすると・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・私たちの雑誌の性質上、サロンの出いりも繁く、席上、太宰さんの噂など出ますけれど、そのような時には、春田、夏田になってしまって熱狂の身ぶりよろしく、筆にするに忍びぬ下劣の形容詞を一分間二十発くらいの割合いで猛射撃。可成りの変質者なのです。以後・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・なぜ私に送って下さるのか、その真意を解しかねた。下劣な私は、これを押売りではないかとさえ疑った。家内にも言いきかせ、とにかく之は怪しいから、そっくり帯封も破らずそのままにして保存して置くよう、あとで代金を請求して来たら、ひとまとめにして返却・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
出典:青空文庫