・・・「いいえ、あの娘は、そんな下卑た子供ではありません。きっと、あの弟のために、こうして苦労をしているのです。」と、さっきから黙って、じっと娘の踊るのを見ていた女の人がいいました。 人々は、思い思いのことをいいました。中には、金を足もと・・・ 小川未明 「港に着いた黒んぼ」
・・・ はいって来た妓の声がちくりと胸を刺し、その妓の顔は、彼女とはくらべものにならぬくらい醜く、下卑ていた。 仁丹を買うためにパトロンを作った彼女は、煙草も酒も飲まず、酒場のボックスでは果物一つ口にしない行儀のよさが、吉田の学生街のへん・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・ 支那人の呉清輝は、部屋の入口の天鵞絨のカーテンのかげから罪を犯した常習犯のように下卑た顔を深沢にむけてのぞかした。深沢は、二人の支那人の肩のあいだにぶらさがって顔をしかめている田川を睨めつけた。「何、貴様が、ボンヤリしているんだ!・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ 下卑た笑いをやっている。「そんじゃ、支那人は、危いから逃げだしてしまったんだな?」「いいえ。」「じゃ、どうしたんだ!」「扉は閉めて、皆、奥に蹲んでいるんでやす。」「何だ! じゃ、君は、留守番じゃない門番じゃないか!・・・ 黒島伝治 「防備隊」
・・・一九に点を与えるときには滑稽が下卑であるから五十とか、諧謔が自然だから九十とかきめなければならぬ。メリメのカルメンはカルメンと云う女性を描いて躍然たらしめている。あれを読んで人生問題の根元に触れていないから駄作だと云うのは数学の先生が英語の・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・奇麗な顔をして、下卑た事ばかりやってる。それも金がない奴だと、自分だけで済むのだが、身分がいいと困る。下卑た根性を社会全体に蔓延させるからね。大変な害毒だ。しかも身分がよかったり、金があったりするものに、よくこう云う性根の悪い奴があるものだ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・死ねば天堂へ行かれる、未来は雨蛙といっしょに蓮の葉に往生ができるから、この世で善行をしようという下卑た考と一般の論法で、それよりもなお一層陋劣な考だ。国を立つ前五六年の間にはこんな下等な考は起さなかった。ただ現在に活動しただ現在に義務をつく・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
出典:青空文庫