・・・時には嘲笑的にそしてわざと下品に。そしてそれが彼等の凱歌のように聞える――と云えば話になってしまいますが、とにかく非常に不快なのです。 電車の中で憂鬱になっているときの私の顔はきっと醜いにちがいありません。見る人が見ればきっとそれをよし・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・ 能く見ると母の顔は決して下品な出来ではない。柔和に構えて、チンとすましていられると、その剣のある眼つきが却って威を示し、何処の高貴のお部屋様かと受取られるところもある。「イイえどう致しまして」とお政は言ったぎり、伏目になって助の頭・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・容貌は長い方で、鼻も高く眉毛も濃く、額は櫛を加えたこともない蓬々とした髪で半ばおおわれているが、見たところほどよく発達し、よく下品な人に見るような骨張ったむげに凸起した額ではない。 音の力は恐ろしいもので、どんな下等な男女が弾吹しても、・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・手にしなせいと突放して教えてくれなかったくせに、舟では染五郎の座りようを咎めて、そんな馬鹿な坐りようがあるかと激しく叱ったということを、幸四郎さんから直接に聞きましたが、メナダ釣、ケイズ釣、すずき釣、下品でない釣はすべてそんなものです。・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・博士ほどのお方が、えへへへと、それは下品な笑い声を発して、ぐっと頸を伸ばしてあたりの酔客を見廻しましたが、酔客たちは、格別相手になっては呉れませぬ。それでも博士は、意に介しなさることなく、酔客ひとりひとりに、はは、おのぞみどおり、へへへへ、・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・動物的な、満足である。下品な話だ。……」 私は、未だ中学生であったけれども、長兄のそんな述懐を、せっせと筆記しながら、兄を、たまらなく可哀想に思いました。A県の近衛公だなぞと無智なおだてかたはしても、兄のほんとうの淋しさは、誰も知らない・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・店の食卓も、腰掛も、昔のままだったけれど、店の隅に電気蓄音機があったり、壁には映画女優の、下品な大きい似顔絵が貼られてあったり、下等に荒んだ感じが濃いのであります。せめて様々の料理を取寄せ、食卓を賑かにして、このどうにもならぬ陰鬱の気配を取・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・大谷さんは、終戦後は一段と酒量もふえて、人相がけわしくなり、これまで口にした事の無かったひどく下品な冗談などを口走り、また、連れて来た記者を矢庭に殴って、つかみ合いの喧嘩をはじめたり、また、私どもの店で使っているまだはたち前の女の子を、いつ・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・これはひどく下品になって来た。よろしい。それではこちらも、ざっくばらんにぶっつけましょう。一尺二十円、どうです。」「一尺二十円、なんの事です。」「まことに伯耆国淀江村の百姓の池から出た山椒魚ならば、身のたけ一丈ある筈だ。それは書物に・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・上品も下品も無い」「私はね」 と母は少しまじめな顔になり、「この、お乳とお乳のあいだに、……涙の谷、……」 涙の谷。 父は黙して、食事をつづけた。 私は家庭に在っては、いつも冗談を言っている。それこそ「心には悩み・・・ 太宰治 「桜桃」
出典:青空文庫