・・・眦が下って、脂ぎった頬へ、こう……いつでもばらばらとおくれ毛を下げていた。下婢から成上ったとも言うし、妾を直したのだとも云う。実の御新造は、人づきあいはもとよりの事、門、背戸へ姿を見せず、座敷牢とまでもないが、奥まった処に籠切りの、長年の狂・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・』 勝手の方で下婢とお婆さんと顔を見合わしてくすくすと笑った。店の方で大きなあくびの声がした。『自分が眠いのだよ。』 五十を五つ六つ越えたらしい小さな老母が煤ぶった被中炉に火を入れながらつぶやいた。 店の障子が風に吹かれてが・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・彼女は、それぞれ試験がすんで帰ってくる坊っちゃん達を迎えに行っている庄屋の下婢や、醤油屋の奥さんや、呉服屋の若旦那やの眼につかぬように、停車場の外に立って息子を待っていた。彼女は、自分の家の地位が低いために、そういう金持の間に伍することが出・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・このごろ新しく雇いいれたわが家の下婢に相違なかった。名前は、記憶してなかった。 ぼんやり下婢の様を見ているうちに、むしゃくしゃして来た。「何をしているのだ。」うす汚い気さえしたのである。 女の子は、ふっと顔を挙げた。真蒼である。・・・ 太宰治 「古典風」
・・・この母は、怜悧の小さい下婢にも似ている。清潔で、少し冷たい看護婦にも似ている。けれども、そんなんじゃない。軽々しく、形容してはいけない。看護婦だなんて、ばかばかしいことである。これは、やはり絶対に、触れてはならぬもののような気がする。誰にも・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・に死別し、親戚の家を転々して育って、自分の財産というものも、その間に綺麗さっぱり無くなっていて、いまは親戚一同から厄介者の扱いを受け、ひとりの酒くらいの伯父が、酔余の興にその家の色黒く痩せこけた無学の下婢をこの魚容に押しつけ、結婚せよ、よい・・・ 太宰治 「竹青」
・・・その一つは夫人、もう一つは当時の下婢の顔を写したものだそうである。前者の口からかたかなで「ケタケタ」という妖魔の笑い声が飛び出した形に書き添えてあるのが特別の興味を引く。 その他にもたとえば「雪女郎」の絵のあるページの片すみに「マツオオ・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・服装のみならず、その容貌もまた東京の町のいずこにも見られるようなもので、即ち、看護婦、派出婦、下婢、女給、女車掌、女店員など、地方からこの首都に集って来る若い女の顔である。現代民衆的婦人の顔とでも言うべきものであろう。この顔にはいろいろの種・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・園主佐原氏は久しく一同とは相識の間である。下婢に茶菓を持運ばせた後、その蔵幅中の二三品を示し、また楽焼の土器に俳句を請いなどしたが、辞して来路を堤に出た。その時には日は全く暮れて往来の車にはもう灯がついていた。 昭和改元の年もわずか二三・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・そこで家を持って下婢共を召し使った事は忘れて、ただ十年前大学の寄宿舎で雪駄のカカトのような「ビステキ」を食った昔しを考えてはそれよりも少しは結構? まず結構だと思っているのさ。人は「カムバーウェル」のような貧乏町にくすぼってると云って笑うか・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
出典:青空文庫