・・・ そこに、就中巨大なる杉の根に、揃って、踞っていて、いま一度に立揚ったのであるが、ちらりと見た時は、下草をぬいて燃ゆる躑躅であろう――また人家がある、と可懐しかった。 自動車がハタと留まって、窓を赤く蔽うまで、むくむくと人数が立ちは・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 音が近づくにつけて大きくなる、下草や小藪を踏み分ける音がもうすぐ後ろで聞こえる、僕の身体は冷水を浴びたようになって、すくんで来る、それで腋の下からは汗がだらだら流れる、何のことはない一種の拷問サ。 僕はただ夢中になって画いていたが・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・自分は日あたりを避けて楢林の中へと入り、下草を敷いて腰を下ろし、わが年少画家の後ろ姿を木立ちの隙からながめながら、煙草に火をつけた。 小山は黙って描く、自分は黙って煙草をふかす、四囲は寂然として人声を聞かない。自分は懐から詩集を取り出し・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・おかしなことと私はその近所を注意して見おろしていると、薄暗い森の奥から下草を分けながら、道もない所をこなたへやって来る者があります。初めは何者とも知れませんでしたが、森を出て石垣の下に現われたところを見ると、十一か十二歳と思わるる男の子です・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・初夏の武蔵野は檪林、楢の林、その若葉が日に光って、下草の中にはボケやシドメが赤い花をちらちら見せて居る。林を縁取った畑には、もう丈高くなった麦が浪を打って、処々に白い波頭を靡かして居る。麦の畑でない処には、蚕豆、さや豌豆、午蒡の樹になったも・・・ 田山花袋 「新茶のかおり」
・・・ 稲田桑畑芋畑の連なる景色を見て日本国じゅう鋤鍬の入らない所はないかと思っていると、そこからいくらも離れない所には下草の茂る雑木林があり河畔の荒蕪地がある。汽車に乗ればやがて斧鉞のあとなき原始林も見られ、また野草の花の微風にそよぐ牧場も・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・母家から別れたその小さな低い鱗葺の屋根といい、竹格子の窓といい、入口の杉戸といい、殊に手を洗う縁先の水鉢、柄杓、その傍には極って葉蘭や石蕗などを下草にして、南天や紅梅の如き庭木が目隠しの柴垣を後にして立っている有様、春の朝には鶯がこの手水鉢・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・それでその菜の花を鉢植にして、下草にげんげんを植えて、それも写生して見たが、今度は一層骨折ってこまかく書いて見たので、かえって俗になってしもうた。それから後にまた或夜非常に煩悶してしかたのなかった時にふと思いついて枕元にあったオダマキの花の・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・ 濃い緑いろの枝はいちめんに下草を埋めその小さな林はあかるくがらんとなってしまいました。 虔十は一ぺんにあんまりがらんとなったのでなんだか気持ちが悪くて胸が痛いように思いました。 そこへ丁度虔十の兄さんが畑から帰ってやって来まし・・・ 宮沢賢治 「虔十公園林」
・・・夏は、その下草の間で耳を聾するばかりガチャガチャが鳴いた。 杉林の隣りに細い家並があって、そこをぬける小路の先は、又広々とした空地であった。何でも松平さんの持地だそうであったが、こちらの方は、からりとした枯草が冬日に照らされて、梅がちら・・・ 宮本百合子 「からたち」
出典:青空文庫