・・・この社会の人の持っている諸有る迷信と僻見と虚偽と不健康とを一つ残らず遺伝的に譲り受けている。お召の縞柄を論ずるには委しいけれど、電車に乗って新しい都会を一人歩きする事なぞは今だに出来ない。つまり明治の新しい女子教育とは全く無関係な女なのであ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ロマン・ローランが我々の人間の精神上の幸、不幸の原因についてこの点にまで切りこんで行ったことはさすがに敬服に価する態度であるが、我々に負わされている肉体の健康、不健康の問題をもう一歩進んで動的なものと理解せず、どちらかと云えば個人的に宿命的・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・ そのわきにじかに置いた水桶のまわりは絶えて乾くと云う事はないらしくしめって不健康な土の香りとかびくささがいかにもじじむさい。 馬鈴薯と小麦、米などの少しばかりの俵は反対のすみにつみかさねられて赤くなった鍬だの鎌が、ぼろぼろになった・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ということは、おそらくわたしが不健康のために外出せず、サークルにゆけず、立候補しないことなどから言われることでしょう。 わたしは、一九三一年十月入党後、前後五回の検挙投獄を経験しました。しかし組織の秘密は守られ、屈服しなかったために、・・・ 宮本百合子 「文学について」
・・・年来生活の活々した流れや笑を失った家と庭にはどこやらあらそえない沈滞が不健康にくろずみ澱んでいる。そこへただ一点、精気を凝して花弁としたような熾んな牡丹の風情は、石川の心にさえ一種の驚きと感嘆をまき起した。「――見事に咲きましたな、旦那・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・爽やかさが少しもなく、むしろ不健康を印象する色である。秋らしい澄んだ気持ちは少しも味わうことができない。あとに取り残された常緑樹の緑色は、落葉樹のそれよりは一層陰欝で、何だか緑色という感じをさえ与えないように思われる。ことに驚いたことには、・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫