・・・仁右衛門に不利益な色々な事情は色々に数え上げられたが、具体的な証拠は少しも上らないで夏がくれた。 秋の収穫時になるとまた雨が来た。乾燥が出来ないために、折角実ったものまで腐る始末だった。小作はわやわやと事務所に集って小作料割引の歎願をし・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・って謝絶いたしますと、独占的ブルジョアの横暴ででもありますかのように、階級意識を刺戟しまして――土地が狭いもんですから――われわれをはじめ、お客様にも、敵意を持たれますというと、何かにつけて、不便宜、不利益であります処から。……は。」「・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・さきの偽筆は自分のために利益と見えたことだが、今のは自分の不利益になる事件が含んでいる代筆だ。僕は、何事もなるようになれというつもりで、苦しい胸を押えていた。が、表面では、そう沈んだようには見せたくなかったので、からかい半分に、「区役所が一・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・が、然し乍ら今日では不利益なる職業と見らるゝだけであるが、二十五六年前には無頼者の仕事と目されていた。最も善意に解釈して呉れる人さえが打つ飲む買うの三道楽と同列に見て、我々文学に親む青年は、『文学も好いが先ず一本立ちに飯が喰えるようになって・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・あの明確な頭脳の、旺盛な精力の、如何なる運命をも肯定して驀地らに未来の目標に向って突進しようという勇敢な人道主義者――、常に異常な注意力と打算力とを以て自己の周囲を視廻し、そして自己に不利益と見えたものは天上の星と雖も除き去らずには措かぬと・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・犀などがだんだんに人間に狩り尽くされて絶滅しかけているという事実はたしかに彼らが現世界に生存するに不利益な条件を備えているためであろう。 過去のある時代には犀のようなものが時を得顔に横行したこともあったのである。その時代の環境のいかなる・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・理科の教科書ならばとにかく多少でも文学的な作品を児童に読ませるのに、それほど分析的に煩雑な註解を加えるのは却って児童のために不利益ではないかと思うというようなことを書き送ったような気がする。これは後で悪かったと思った。 以上挙げたような・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
・・・英語がまだ初歩なのに仏語をちゃんぽんに教わっては不利益だという理由であったが、実際はその教師となるべき青年が近隣で不良の二字をかぶらせた青年であるがためだということが後にわかって来た。思うにかれは当時の新思想の持ち主であったのである。それか・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・ もう一つの場合は、人から何か自分に不利益な誤解を受けて、それに対する弁明をしなければならない時に、その弁明が無効である事がだんだんにわかって来るとする、そういう困難な場合に不意に例の笑いが呼び出される。これは最もぐあいの悪い場合である・・・ 寺田寅彦 「笑い」
・・・尋問に答えるのが不利益だと悟って、いよいよ唖の真似をする。警官もやむをえず、そのまま繋留しておくと、翌朝になって、唖は大変腹が減って来た。始めは唖だから黙って辛抱したが、とうとう堪えられなくなって、飯を食わしてくれろと大きな声を出すと云う筋・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫