・・・○祐天なぞでも、あれだけの思いつきがあれば、もう少しハイカラにできる訳だ。不動の御利益が蛮からなんじゃない。神が出ても仏が出てもいっこう差支ないが、たかが如是我聞の一二句で、あれ程の人騒がせをやるのみならず、不動様まで騒がせるのは、開明・・・ 夏目漱石 「明治座の所感を虚子君に問れて」
・・・そのうち数首を挙ぐれば牡丹散って打重なりぬ二三片牡丹剪って気の衰へし夕かな地車のとゞろとひゞく牡丹かな日光の土にも彫れる牡丹かな不動画く琢磨が庭の牡丹かな方百里雨雲よせぬ牡丹かな金屏のかくやくとして牡丹かな・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 美しくまっ黒な砲艦の烏は、そのあいだ中、みんなといっしょに、不動の姿勢をとって列びながら、始終きらきらきらきら涙をこぼしました。砲艦長はそれを見ないふりしていました。あしたから、また許嫁といっしょに、演習ができるのです。あんまりうれし・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・日本の近代文学における散文の伝統というようなものが将来注目されるなら、秋声はまぎれもなく一つの典型として不動の地位にある。一応文学趣味を今日も満足させている芥川龍之介の散文が、教養的であっても、極めて脆い体質をそなえていることなどと著しい対・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・ けれ共有難い事には、此の一二年同じ動くにしても、或る一点の支点だけは不動に確立して居る事を信じられる様になったのは嬉しい。 只それ丈で、どんなに動かされても堪えられ幾分ずつなりとも育てられては行きますけれどまだまだ私の心は若すぎる・・・ 宮本百合子 「動かされないと云う事」
・・・ 社会全般のこととしていえば、この数ヵ月間の推移によって、過去数十年、あるいは数百年、習慣的な不動なものと思われてきた多くの世俗の権威が、崩壊の音たかく、地に墜ちつつある。その大規模な歴史の廃墟のかたわらに、人民の旗を翻し、さわやかに金・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・幾万をもって数えられるかと思う白い墓標は、その土の下に埋った若者たちがまだ兵卒の服を着て銃を肩に笑ったり、苦しんだりしていたとき、号令に従って整列したように、白い不動の低い林となって列から列へと並んでいる。襟に真鍮の番号をつけられていたその・・・ 宮本百合子 「女靴の跡」
・・・お袋は早く兄きが内へ帰られるようにというので、小さい不動様の掛物を柱に掛けて、その前へ線香を立てて、朝から晩まで拝んでいた。」「そこへ兄きがひょっこり帰って来た。お袋が馬鹿に喜んで、こうして毎日拝んだ甲斐があると云って不動様の掛物の方へ・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
・・・僕は法隆寺の壁画や高野の赤不動、三井寺の黄不動の類を拉しきたって現在の日本画を責めるような残酷をあえてしようとは思わない。しかし大和絵以後の繊美な様式のみが伝統として現代に生かされ、平安期以前の雄大な様式がほとんど顧みられていないことは、日・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・そうして不動坂にさしかかった時に、数知れず立ち並んでいるあの太い檜の木から、何とも言えぬ荘厳な心持ちを押しつけられた。なるほどこれは霊山だと思わずにはいられなかった。この地をえらんだ弘法大師の見識にもつくづく敬服するような気持ちになった。・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
出典:青空文庫