・・・しかしこれだけの理由ではまだ不十分である。もう一つの重大な理由と思われるのは日本古来の短い定型詩の存在とその流行によってこの上述の魔術に対するわれわれの感受性が養われて来たことである。換言すればわれわれが、長い修業によって「象徴国の国語」に・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・既得の知識を繰り返して受け売りするだけでは不十分である。宗教的体験の少ない宗教家の説教で聴衆の中の宗教家を呼びさます事はまれであると同じようなものであるまいか。 こんな事を考えるのはあるいは自分の子供の時に受けた「化け物教育・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・もし上記のような場合があればそれは理論の適用を誤っているか、そうでなければ問題の分析が不充分なためである。もしこれらが完全で、しかも実際と合わぬような場合があれば、これは何か吾人の夢想しないような新しい事柄がその間に伏在している証拠であって・・・ 寺田寅彦 「物理学の応用について」
・・・衰えた身体を九十度の暑さに持て余したのはつい数日前の事のように思われたのに、もう血液の不充分な手足の末端は、障子や火鉢くらいで防ぎ切れない寒さに凍えるような冬が来た。そして私の失意や希望や意志とは全く無関係に歳末と正月が近づきやがて過ぎ去っ・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・見ると腹案の不充分であったためか、あるいは言い廻し方の不適当であったためか、そのままではほとんど紙上に載せて読者の一覧を煩わすに堪えぬくらい混雑している。そこでやむをえず全部を書き改める事にして、さて速記を前へ置いてやり出して見ると、至る処・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・むしろ彼は発育の不十分な、病身で内気で、たとい女のほうから言い寄られたにしても、嫌悪の感を抱くくらいな少年であった。器械体操では、金棒に尻上がりもできないし、木馬はその半分のところまでも届かないほどの弱々しさであった。 安岡は、次から次・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・夏中一つも実らなかった南瓜が、その発育不十分な、他の十分の一もないような小さな葉を、青々と茂らせて、それにふさわしい朝顔位の花をたくさんつけて、せい一杯の努力をしている。もう九月だのに。種の保存本能!―― 私は高い窓の鉄棒に掴まりながら・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・我が輩の持論は、今の帝室費をはなはだ不十分なるものと思い、大いにこれを増すか、または帝室御有の不動産にても定められたきとのことは、毎度陳述するところにして、もしも幸にして我が輩の意見の如くなることもあらば、私学校の保護の如き、全国わずかに幾・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・日本にて統計表の不十分なるも、その罪、多くは帳合法のふたしかなるによるものなり。 帳合法の大切なることかくの如く、これを民間に用うるは、公私の為に欠くべからざるの急なれども、今これを記すに横文の数字を用い、額に等しき左行の日本語を書き、・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
私は筆を執っても一向気乗りが為ぬ。どうもくだらなくて仕方がない。「平凡」なんて、あれは試験をやって見たのだね。ところが題材の取り方が不充分だったから、試験もとうとう達しなくって了った。充分に達しなかったというのは、サタイア・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
出典:青空文庫