・・・吉弥こそそんな――馬鹿馬鹿しい手段だが――熱のある情けにも感じ得ない無神経者――不実者――。 こういうことを考えながら、僕もまたその無神経者――不実者――を追って、里見亭の前へ来た。いつも不景気な家だが、相変らずひッそりしている。いそう・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・銭がねえならかせぐのよ、情人が不実なら別な情人を目つけるのよ。命がなくなりゃア種なしだ。』 娘が来て、『何言ってるの?』気味わるそうに言う。『命あっての物種だてエ事よ、そうじゃアねえか、まアまア今夜なんか死神に取っ付かれそうな晩・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・「それは不実だ。先生もなかなか浮気だの、新らしいのが可えだ」と言って老人は笑った。 自分も唯だ笑って答えなかった。不実か浮気か、そんなことは知らない。お露は可愛い。お政は気の毒。 酒の上の管ではないが、夫婦というものは大して難有・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・その写真には、不実ではないが、いかにも女らしい浅薄さで、相手の男と自分自身の本当の気持に責任を持たない女のためにまじめな男がとうとう自殺することが描かれていた。そしてそういう女の弱点がかなり辛辣にえぐられていた。龍介は自分自身の経験がもう一・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・「ふん。不実同士揃ッてやがるよ。平田さん、私がそんなに怖いの。執ッ着きゃしませんからね、安心しておいでなさいよ。小万さん、注いでおくれ」と、吉里は猪口を出したが、「小杯ッて面倒くさいね」と傍にあッた湯呑みと取り替え、「満々注いでおくれよ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・夫が不実をしたのなんのと云う気の毒な一条は全然虚構であるかも知れない。そうでないにしても、夫がそんな事をしているのは、疾うから知っていて、別になんとも思わなかったかも知れない。そのうち突然自分が今に四十になると云うことに気が附いて、あんな常・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・けれども私は愛において不実であることができないので、自分でも彼を愛してるように感じていた。」 この夏、マリアは八年ぶりでロシアへかえり、ポルトヴァの父の家に冬まで滞在した。「これまで愚かしい生活をして来て自分の好きなまねばかりしてい・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
出典:青空文庫