・・・ 番頭は算盤をはじき直している。彼は受領書に印を捺して持って来る。「何と何です?」 不意に、内儀の癇高い声がひびく。彼女は受領書と風呂敷包を見っぱっている。 番頭は不意打ちを喰ってぼんやり立っている。「何にも取っとりゃし・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・じいさんとばあさんとは、不意打ちにうろたえて頭ばかり下げた。 清三は間が悪るそうに傍に立って見ていた。 黒島伝治 「老夫婦」
・・・ 今度のノーベル・プライズのために不意打ちをくらった世間が例のように無遠慮に無作法にあのボーアの静かな別墅を襲撃して、カメラを向けたり、書斎の敷物をマグネシウムの灰で汚したり、美しい芝生を踏み暴したりして、たとえ一時なりともこの有為な頭・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・林弁護人の陳述の中では検事団が三鷹事件の証人を検事側に有利に利用する為には偽証罪をふりかざし、証人呼び出しの不意打ちなどの技術を指導している事実が語られています。権力が私達すべての人民に共通な人権を踏みにじってゆく方法はこの様に計画的であり・・・ 宮本百合子 「今年こそは」
・・・ 佐佐の顔には、不意打ちに会ったような、驚愕の色が見えたが、それはすぐに消えて、険しくなった目が、いちの面に注がれた。憎悪を帯びた驚異の目とでも言おうか。しかし佐佐は何も言わなかった。 次いで佐佐は何やら取調役にささやいたが、まもな・・・ 森鴎外 「最後の一句」
出典:青空文庫