・・・ 函館の停車場に着くと彼はもうその建物の宏大もないのに胆をつぶしてしまった。不恰好な二階建ての板家に過ぎないのだけれども、その一本の柱にも彼れは驚くべき費用を想像した。彼れはまた雪のかきのけてある広い往来を見て驚いた。しかし彼れの誇りは・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・病自家薬の製造発売を思い立ち、どう工面して持って来たのか、なけなしの金をはたいて、河原町に九尺二間の小さな店を借り入れ、朝鮮の医者が書いた処方箋をたよりに、垢だらけの手で、そら豆のような莫迦に大きな、不恰好な丸薬を揉みだした。 そして、・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・短い不恰好な枝は、その年も若葉を着けた。微かな甘い香がプンと彼の鼻へ来た。彼は縁側に凭れて、五月の日のあたった林檎の花や葉を見ていたが、妻のお島がそこへ来て何気なく立った時は、彼は半病人のような、逆上せた眼付をしていた。「なんだか、俺は・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・足袋屋の小僧が木の型に入れて指先の形を好くしてくれたり、滑かな石の上に折重ねて小さな槌でコンコン叩いてくれたりした、その白い新鮮な感じのする足袋の綴じ紙を引き切って、甲高な、不恰好な足に宛行って見た。「どうして、田舎娘だなんて、真実に馬・・・ 島崎藤村 「足袋」
・・・私は自身の不恰好に気づいた。悲しく思った。ほのあたたかいこぶしが、私の左の眼から大きい鼻にかけて命中した。眼からまっかな焔が噴き出た。私はそれを見た。私はよろめいたふりをした。右の耳朶から頬にかけてぴしゃっと平手が命中した。私は泥のなかに両・・・ 太宰治 「逆行」
・・・私は、外に出る時には、たいていの持ち物は不恰好でも何でも懐に押し込んでしまう事にしているのであるが、まさかステッキは、懐へぶち込む事は出来ない。肩にかつぐか、片手にぶらさげて持ち運ばなければならぬ。厄介なばかりである。おまけに犬が、それを胡・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・楊樹にさし入った夕日の光が細かな葉を一葉一葉明らかに見せている。不恰好な低い屋根が地震でもあるかのように動揺しながら過ぎていく。ふと気がつくと、車は止まっていた。かれは首を挙げてみた。 楊樹の蔭を成しているところだ。車輛が五台ほど続いて・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ 犀というものがどうにも不格好なものである。しかしどうしてこれが他の多くの動物よりもより多く「不格好」という形容詞に対する特権を享有することになるのか。 人間の使ういろいろな器具器械でも一目見てなんとなくいい格好をしたものはたいてい・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・なんとなく不格好に、しかし非常に熱心に踊っているのがおかしいようでもあったが、ハイカラでうまく踊る他の多くのダンディよりこのほうが自分にはいい気持ちを与えた。舞踏というものは始めて見たが、なるほどセンシュアルな暗示に富んだものである。これを・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・よく見ると簑は主に紅葉の葉の切れはしや葉柄を綴り集めたものらしかったが、その中に一本図抜けて長い小枝が交じっていて、その先の方は簑の尾の尖端から下へ一寸ほども突き出て不恰好に反りかえっていた。それがこの奇妙な紡錘体の把柄とでも云いたいような・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
出典:青空文庫