・・・ アキレス 希臘の英雄アキレスは踵だけ不死身ではなかったそうである。――即ちアキレスを知る為にはアキレスの踵を知らなければならぬ。 芸術家の幸福 最も幸福な芸術家は晩年に名声を得る芸術家である。国木田・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ とにかく死ぬものかと思った。不死身の武麟さんではないか。 果して、武田さんは元気で帰って来た。マラリヤにも罹らなかったということだった。さもありなんと私は思った。 武田さんのいない文壇は、そこだけがポツンと穴のあいた感じであっ・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・死に切れなかったろうと思う。不死身の麟太郎といわれていた。武田さんもそれを自信していた。まさか死ぬとは思わなかったであろう。死の直前、あッしまった、こんな筈ではなかったと、われながら不思議であったろう。わけがわからなかったであろう。観念の眼・・・ 織田作之助 「武田麟太郎追悼」
豪放かつ不逞な棋風と、不死身にしてかつあくまで不敵な面だましいを日頃もっていた神田八段であったが、こんどの名人位挑戦試合では、折柄大患後の衰弱はげしく、紙のように蒼白な顔色で、薬瓶を携えて盤にのぞむといった状態では、すでに・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・三十歳そこそこの若さでだ、阿修羅みたいにそんなに仕事が出来るのはよくない前兆だぞと、今はもう冗談にからかってもギクリともしない。不死身の覚悟が出来ているかのようである。死んだという噂を立てられてから六年になるが、六年の歳月が一人の人間をこん・・・ 織田作之助 「道」
・・・こんなところから、猫の耳は不死身のような疑いを受け、ひいては「切符切り」の危険にも曝されるのであるが、ある日、私は猫と遊んでいる最中に、とうとうその耳を噛んでしまったのである。これが私の発見だったのである。噛まれるや否や、その下らない奴は、・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・人が悠々として観る態度を取り得るのは、人間の争いに驚かない不死身な強さを持つからである。著者はシナの乞食の図太さの内にさえそれに類したものを認めている。寒山拾得はその象徴である。しからば人はいかにして不死身となり得るか。我を没して自然の中に・・・ 和辻哲郎 「『青丘雑記』を読む」
・・・なぜなら、彼らの心はこの事によって痛みを感じるにはあまり不死身だからである。しかし私は彼らが不死身であるか否かを考量した後に彼らを捨てたのではなかった。私にとっては、彼らが痛みを感ずる程度よりも、「かつて親しかった者を捨てた」という行為その・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫