・・・帰途、買い物にでもまわったのであろうと思って、僕はその不用心にもあけ放されてあった玄関からのこのこ家へはいりこんでしまった。ここで待ち伏せていてやろうと考えたのである。ふだんならば僕も、こんな乱暴な料簡は起さないのであるが、どうやら懐中の五・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ 家来たちの不用心な私語である。 それを聞いてから、殿様の行状は一変した。真実を見たくて、狂った。家来たちに真剣勝負を挑んだ。けれども家来たちは、真剣勝負に於いてさえも、本気に戦ってくれなかった。あっけなく殿様が勝って、家来たちは死・・・ 太宰治 「水仙」
・・・それで、用心のいい人は毒瓦斯に充ちた工場で平気で働き、不用心な人は大地で躓いてすべって頭を割るのであろう。 三 「心境の変化」という言葉が近頃一時流行った。「気が変った」というのと大した変りはないが新しい言葉・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・夜は不用心で、こわくておそくなれない。勤労時間を一部さいて、そういう専門の講習を与えるように、婦人職員、従業員の価値は重んじられていない。そうだとすれば、同一労働同一賃銀ということは、勤労婦人自身にとって自信のあるよりどころを持っていないこ・・・ 宮本百合子 「いのちの使われかた」
・・・ 肇に対して自分の知識を深遠なものにし、自分の思想と云うものを尊いものにして置きたい千世子はあんまり不用心に知って居るだけの事は話さない。 お互に或る無形の鏡を持って照し合わせ様として居るのを又お互に知って居た。 時々亢奮し・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・うち、おばあちゃんとうめだけで不用心だから」 志津は、田丸屋のかき餅をつまみながら、「いくらで貸してるの」と尋ねた。「二十四円さ」「おばあさん一人のお小遣いだもん結構だわ」 暫く黙っていたが、せきは軈て、「作も仕・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫