・・・兄が今日帰るか帰らないか、――と云うより一体帰るかどうか、彼には今も兄の意志が、どうも不確かでならないのだった。「それとも明日の朝になるか?」 今度は洋一も父の言葉に、答えない訳には行かなかった。「しかし今は学校がちょうど、試験・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・そして、頭を傾けて、過ぎ去った、そのころのことを思い出そうとしましたが、うす青い霧の中に、世界が包まれているようで、そんなような姉さんがあったような、また、なかったような、不確かさで、なんとなく、悲しみが、胸の中にこみあげてくるのでした。・・・ 小川未明 「青い花の香り」
・・・ この最後の点は不確かだとしても、次の結論は免れ難い、すなわち「来かかった最初の電車に乗る人は、すいた車に会う機会よりも込んだのに乗る機会のほうがかなりに多い。」 このようにして、込んだ車にはますます多くの人が乗るとすれば、この電車・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・気味のわるい、不安な、しかし不確かな前兆が長くつづいている間にだんだんに何物かが近よって来る。それが突然破裂すると危険はもう身に迫っている。しかし危険が現実になればもう少しも気味のわるい恐ろしさはない。 病院の蒸気ストーブは数時間たつと・・・ 寺田寅彦 「病院の夜明けの物音」
・・・もう一つ立ち入って考えれば甲の感じる赤色と乙の感じる赤色とはどれだけ一致しているものか不確かである。 音についても同様な限界がある、振動数二三十以下あるいは一二万以上の音波はもはや音として聞く事はできぬ。振幅が一定の限度以下でも同様であ・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
・・・「先生、けれどもこの仕事はまだあんまり不確かです。一ぺんうまく爆発してもまもなくガスが雨にとられてしまうかもしれませんし、また何もかも思ったとおりいかないかもしれません。先生が今度おいでになってしまっては、あとなんともくふうがつかなくな・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・しかしその感銘は、ばらばらであったり、不確かであったり、個人的であったりする場合、そこへ民主的文学のみちびきがのびてきて、読者の千差万別の日々に読みとられた文学的感銘を、一本の民主的方向に貫ぬいて整理することを知らせる。指導は、そういうもの・・・ 宮本百合子 「討論に即しての感想」
出典:青空文庫