・・・言葉が未だ終らぬうち近藤は左の如く言った、それが全で演説口調、「イヤどうも面白い恋愛談を聴かされ我等一同感謝の至に堪えません、さりながらです、僕は岡本君の為めにその恋人の死を祝します、祝すというが不穏当ならば喜びます、ひそかに喜びます、・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ 千年の間に二十回とか三十回といえばやはり稀有という形容詞を使っても不穏当とは云えないし、目前にのみ気を使っている政治家や実業家達が忘れていても不思議はないかもしれない。 こうした極端な程度から少し下がった中等程度の颱風となると、そ・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・血達磨の紀行には時として人を驚かすような奇語奇文奇行がないではないが、惜しい事には文字に不穏当な処が多い。殊にその豪傑志士を気取る処は俗受けのする処であってその実その紀行の大欠点である。某の東北徒歩旅行は始めよりこの徒歩旅行と両々相対して載・・・ 正岡子規 「徒歩旅行を読む」
・・・ 裁判長「制圧しているとは不穏当であるからとり消されたい。」 川口検事「不穏当と認められるならば取り消します。」 ところが、午後の法廷がひらかれると、この日も思いがけない事態が発生した。被告につづいて各主任弁護人の陳述に入ったと・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・その声がわが口から出てわが耳に入るや否や、庄兵衛はこの称呼の不穏当なのに気がついたが、今さらすでに出たことばを取り返すこともできなかった。「はい」と答えた喜助も、「さん」と呼ばれたのを不審に思うらしく、おそるおそる庄兵衛の気色をうかがっ・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
出典:青空文庫