・・・しかもそのまた彼の愛なるものが、一通りの恋愛とは事変って、随分彼の気に入っているような令嬢が現れても、『どうもまだ僕の心もちには、不純な所があるようだから。』などと云って、いよいよ結婚と云う所までは中々話が運びません。それが側で見ていても、・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・が、これも今になって考えると、その時の己の心もちには不純なものも少くはない。己は袈裟に何を求めたのか、童貞だった頃の己は、明らかに袈裟の体を求めていた。もし多少の誇張を許すなら、己の袈裟に対する愛なるものも、実はこの欲望を美しくした、感傷的・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・私の一生が如何に失敗であろうとも、又私が如何なる誘惑に打負けようとも、お前たちは私の足跡に不純な何物をも見出し得ないだけの事はする。きっとする。お前たちは私の斃れた所から新しく歩み出さねばならないのだ。然しどちらの方向にどう歩まねばならぬか・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ さらば、何故に児童文学が振わず、不純なるものすら等閑に付せられるか。そこに真実の批評なく、また与論なきがためです。たゞ、正純にして、多感的なる、人生の少年時代を温床となせる児童文学は、どの点より見ても、小型大衆小説にあらず、初歩の恋愛・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・私は純粋小説とは不純なるべきものだと、漠然と考えていた。当時純粋戯曲というものを考えていた私は、戯曲は純粋になればなるほど形式が単純になり、簡素になり、お能はその極致だという結論に達していたが、しかし、純粋小説とは純粋になればなるほど形式が・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・かず枝に、わがままの美徳を教えたのは、とうの嘉七であった、忍従のすまし顔の不純を例証して威張って教えた。 みんなおれにはねかえって来る。 すし屋で少しお酒を呑んだ。嘉七は牡蠣のフライをたのんだ。これが東京での最後のたべものになるのだ・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・はそういう意味ではむしろ不純なものであったかと思う。自分は今度見たミッキーマウスの中の犬を描いた筆法でドン・キホーテを描いた漫画映画の出現を希望したいと思うものである。 八 一本刀土俵入り 日本の時代ものの映画でおも・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・それには映画は舞台演劇の複製という不純分子を漸次に排除して影と声との交響楽か連句のようなものになって行くべきではないかと思われるのである。 こんな話をしていたらある人がアヴァンガルドという一派の映画がいくらかそういう方向を示すものだと教・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・このレヴューからあらゆる不純なものをことごとく取り去ってしまったもの、ちぐはぐな踊り子の個性のしみを抜き、だらしのない安っぽい衣装や道具立てのじじむささを洗い取ったあとに残る純粋の「線の踊り」だけを見せるとすれば、それは結局このフィッシンガ・・・ 寺田寅彦 「踊る線条」
骨董趣味とは主として古美術品の翫賞に関して現われる一種の不純な趣味であって、純粋な芸術的の趣味とは自ずから区別さるべきものである。古画や器物などに「時」の手が加わって一種の「味」が生じる。あるいは時代の匂というようなものが・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
出典:青空文庫