・・・九 椿岳の人物――狷介不羈なる半面 椿岳の出身した川越の内田家には如何なる天才の血が流れていたかは知らぬが、長兄の伊藤八兵衛は末路は余り振わなかったが、一度は天下の伊藤八兵衛と鳴らした巨富を作ったし、弟の椿岳は天下を愚弄した・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ぎりなら夏らしくもないが、さて一種の濁った色の霞のようなものが、雲と雲との間をかき乱して、すべての空の模様を動揺、参差、任放、錯雑のありさまとなし、雲を劈く光線と雲より放つ陰翳とが彼方此方に交叉して、不羈奔逸の気がいずこともなく空中に微動し・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・かれが天稟の楽人ならば、われも不羈の作家である。七百頁の「葛原勾当日記」のわずかに四十分の一、青春二十六歳、多感の一年間だけを、抜き書きした形であるが、内容に於て、四十余年間の日記の全生命を伝え得たつもりである。無礼千万ながら、私がそのよう・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・ 要するに西鶴が冷静不羈な自分自身の眼で事物の真相を洞察し、実証のない存在を蹴飛ばして眼前現存の事実の上に立って世界の縮図を書き上げようとしている点が、ある意味で科学的と云っても大した不都合はないと思われる。 科学者にも色々の型・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・してみれば放縦不羈を生命とする芸術家ですらも時と場合には組織立った会を起し、秩序ある行動を取り、統一のある機関を備えるのである。私はこれを生活の両面に伴う調和と名づけて、けっして矛盾の名を下したくない。矛盾には違なかろうがそれは単に形式上の・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・本来が自己本位であるから、個人の行動が放縦不羈になればなるほど、個人としては自由の悦楽を味い得る満足があると共に、社会の一人としてはいつも不安の眼をみはって他を眺めなければならなくなる、或る時は恐ろしくなる。その結果一部的の反動としては、浪・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・青年の客気に任せて豪放不羈、何の顧慮する所もなく振舞うた。その結果、半途にして学校を退くようになった。当時思うよう、学問は必ずしも独学にて成し遂げられないことはあるまい、むしろ学校の羈絆を脱して自由に読書するに如くはないと。終日家居して読書・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・その放縦不羈世俗の外に卓立せしところを見るに、蕪村また性行において尊尚すべきものあり。しかして世はこれを容れざるなり。 蕪村の名は一般に知られざりしにあらず、されど一般に知られたるは俳人としての蕪村にあらず、画家としての蕪村なり。蕪村歿・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・アンネットの裡には、不羈な自由精神があって、彼女の心臓の力で殺すことが出来ない。然し彼女の成熟した女性は愛を欲し、大きな情熱によってその婚約した青年とは永劫に別れつつ、彼の児の母となった。社会の常識と闘い、アンネットはそれを機会に新たな生涯・・・ 宮本百合子 「アンネット」
・・・彼の理解に従っての精神の独立不羈を護ろうとする、その態度を示す自己目的のために急であって、彼が他の場所でははっきり認めているかのようであった、現代の社会・文化対立の関係の中でソヴェトの現実的特質を評価してはいないのである。 ジイド自身に・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
出典:青空文庫