・・・「どうにか所か、今では何不自由ない身の上になって居ります。その綾や絹を売ったのを本に致しましてな。観音様も、これだけは、御約束をおちがえになりません。」「それなら、そのくらいな目に遇っても、結構じゃないか。」 外の日の光は、いつ・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・ けれども半之丞は靴屋の払いに不自由したばかりではありません。それから一月とたたないうちに今度はせっかくの腕時計や背広までも売るようになって来ました。ではその金はどうしたかと言えば、前後の分別も何もなしにお松につぎこんでしまったのです。・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・お目が御不自由で私のいないために、なおさらの御不自由でしょうが、来年はきっとたくさんのお話を持って参りますから」 と燕は泣く泣く南の方へと朝晴れの空を急ぎました。このまめまめしい心よしの友だちがあたたかい南国へ羽をのして行くすがたのなご・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・そして大多数のプロレタリアは、帝政時代のそれと、あまり異ならぬ不自由な状態にある。もし、ブルジョアとプロレタリアとの間に、はじめから渡るべき橋が絶えていて、プロレタリア自身の内発的な力が、今度の革命をひき起こしていたのならば、その結果は、は・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・こいに、こいに、さッくりさッくり横紙が切れますようなら、当分のウ内イ、誰方様のウお邸でもウ、切ものに御不自由はございませぬウ。このウ細い方一挺がア、定価は五銭のウ処ウ、特別のウ割引イでエ、粗のと二ツ一所に、名倉の欠を添えまして、三銭、三銭で・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・――実は旅の事欠けに、半紙に不自由をしたので、帳場へ通じて取寄せようか、買いに遣ろうかとも思ったが、式のごとき大まかさの、のんびりさの旅館であるから、北国一の電話で、呼寄せていいつけて、買いに遣って取寄せる隙に、自分で買って来る方が手取早い・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 菊子は、さすが、身の不自由を感じたのであろう、寂しい笑いを僕らに見せて、なごり惜しそうに、「先生、私も目がよけりゃアお供致しますのに――」 僕はそれには答えないで、友人とともに、「さようなら」を凱歌のごとく思って、そこを引・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・或人が、さぞ不自由でしょうと訊いたら、何にも不自由はないが毎朝虎子を棄てに行くのが苦労だといったそうだ。有繋の椿岳も山門住居では夜は虎子の厄介になったものと見える。 淡島堂のお堂守となったはこれから数年後であるが、一夜道心の俄坊主が殊勝・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・医者の不養生というほどでもなかったろうが、平生頑健な上に右眼を失ってもさして不自由しなかったので、一つはその頃は碌な町医者がなかったからであろう、碌な手当もしないで棄て置いたらしい。が、不自由しなかったという条、折には眼が翳んだり曇ったりし・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・「おじいさん、なにか不自由なものがあったら、どうかいってください。なんでもしてあげますから。」 いろいろに、村の人々は、おじいさんのところにいってきました。そうして、おじいさんがもらってくれるのをたいへんに喜びましたほど、おじいさん・・・ 小川未明 「犬と人と花」
出典:青空文庫