・・・ 赤羽停車場の婆さんの挙動と金貨を頂かせた奥方の所為とは不言不語の内に線を引いてそれがお米の身に結ばれるというような事でもあるだろうと、聞きながら推したに、五百円が失せたというのは思いがけない極であった。「ええ、すっかり紛失?」と判・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・その土地の光景、風俗、草木の色などを不言の間に聞き得る事なり。白望に茸を採りに行きて宿りし夜とあるにつけて、中空の気勢も思われ、茸狩る人の姿も偲ばる。 大体につきてこれを思うに、人界に触れたる山魅人妖異類のあまた、形を変じ趣をこそ変たれ・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・り寝転んだりして魚を釣ったり、魚の来ぬ時は拙な歌の一句半句でも釣り得てから帰って、美しい甘い軽微の疲労から誘われる淡い清らな夢に入ることが、翌朝のすがすがしい眼覚めといきいきした力とになることを、自然不言不語に悟らされていた。 丁度秋の・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・どうも、不言実行には、かなわない。」私は、しきりと味気なかった。「金を出せ。」また、言った。 私は、声のほうへ、ふりむいて、「ばか! いい加減にしろ! 僕は、ほんとうに怒るぞ。僕は、なんでも知っている。君みたいな奴と、あんまり、・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・女体の不言実行の愛とは、何を意味するか。ああ、君のぼろを見とどけてしまった私の眼を、私自身でくじり取ろうとした痛苦の夜々を、知っているか。 人には、それぞれ天職というものが与えられています。君は、私を嘘つきだと言った。もっと、はっきり言・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・しかし学者は初め不言裡に「かくのごとき風なき時は」という前提をなしいたるなり。この前提が実用上無謀ならざる事は数回同じ実験を繰返す時は自ずから明らかなるべきも、とにかくここに予言者と被予言者との期待に一種の齟齬あるを認め得べし。 次には・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・其愛情は不言の間に存して天下の親子皆然らざるはなし。啻に出産老病の一事のみならず、人間の子にして父母を親しみ父母を慕い、父母にして子を愛し子を親しむは、天性の約束なるに、女子が他家に嫁したればとて、実の父母を第二にして専ら舅姑の方を親愛し尊・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・第二には、仮令え不言の間に自ずから区別する所ありとするも、その教えの方法に前後本末を明言せずして、時としては私徳を説き、また時としては公徳を勧め、いずれか前、いずれか後なるを明らかにせざるがために、後進の学者をして方向を誤らしむるにあり。然・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・若い良人でもある兄も、若く美しい新妻であった母も、不言の裡に、この熱烈な気質の弟の決心の動機を理解していたと思える。それが奇矯ではあるが純潔なろうとする意志によっていることや、アメリカほど遠い海を踰えてしまわなければ、そしてやがてはその大き・・・ 宮本百合子 「本棚」
出典:青空文庫