・・・医者の心得もあったらしい。医者の不養生というほどでもなかったろうが、平生頑健な上に右眼を失ってもさして不自由しなかったので、一つはその頃は碌な町医者がなかったからであろう、碌な手当もしないで棄て置いたらしい。が、不自由しなかったという条、折・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ と、おかね婆さんは大分怪しくなって来た口調でぼそぼそぼやくし、宿や医者への支払いは嵩む一方だし、それに、婆さんに寝込まれているのは「医者の不養生」以上に世間にも恰好がわるい話だと、おれは随分くさってしまったが、お前ときてはおれ以上、・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・きのうは、お雑煮を食べたり、お屠蘇を飲んだり、ちょいちょい起きて不養生をしていましたね。無理をしては、いけません。熱のある時には、じっとして寝ているのが一ばんいいのです。あなたは、からだの弱い癖に、気ばかり強くていけません。」 さかんに・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・若い時分に大酒をのんで無茶な不養生をすれば頭やからだを痛めて年取ってから難儀することは明白でも、そうして自分にまいた種の収穫時に後悔しない人はまれである。 大津波が来るとひと息に洗い去られて生命財産ともに泥水の底に埋められるにきまってい・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・ その後偶然にたいへんに親切で上手でぐあいのいい歯医者が見つかってそれからはずっとその人にやっかいになって来たが、先天的の悪い素質と後天的不養生との総決算で次第にかんで食えるものの範囲が狭くなって来た。柔らかい牛肉も魚のさし身もろくにか・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・紺屋の白袴、医者の不養生ということもあるが、物理の学徒等が日常お互いに自由に話し合う場合の用語には存外合理的でないものが多数にあって、問題の「速度のはやい」などもその一例である。この場合の「速度」は俗語の「はやさ」と同義であって術語のヴェロ・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
・・・ 心のさびしさが不養生をさせ、その結果がさびしさを増していたのである。 四十三年一月下旬に父の春田居士が死んだ。その年の三月から亮は学校へ出るのを全くやめて、あてもなく総州へんを旅行したりしていたらしいが、いよいよ神経衰弱がひどくな・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・お腹がふくれると、口が殖える将来を案じて、出来ることなら流産てしまえば可いがと不養生のありたけをして、板の間にじかに坐ったり、出水の時、股のあたりまである泥水の中を歩き廻ったりしたにもかかわらず、くりくりと太った丈夫な男の児が生れた。私・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・力を失い、銭を費やすも勤めなり、車馬に乗るも勤めなり、家内に病人あるも勤めの身なればこれを捨てて出勤せざるを得ず、終日の来客も随分家内の煩雑なれども、勤めの家なれば止むことを得ず、酒を飲むも勤めの身、不養生も勤めの身、なお甚だしきは、偽を行・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・「まあほんとに不養生な、 白肉のでさえたべない様にして居るのにねえ。 あんなに云って置いたのをきかないからなんだよ。と主婦は顔をしかめながら、例の人の難儀をすてて置かれない性分で早速、医者を迎えた。今じきにあがります・・・ 宮本百合子 「黒馬車」
出典:青空文庫