・・・われらは田園の風と光の中からつややかな果実や、青い蔬菜といっしょにこれらの心象スケッチを世間に提供するものである。注文の多い料理店はその十二巻のセリーズの中の第一冊でまずその古風な童話としての形式と地方色とをもって類集したものであっ・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・短い間であったが心持よく世間話をした。そのときの小熊さんは、特徴ある髪も顔立ちも昔のままながら、相手と自分との間の空気から自分の動きを感じとろうとしてゆくような傾きがなくて、自分の見たこと、感じたこと、したことを、簡明にそれとして話していた・・・ 宮本百合子 「旭川から」
・・・それで世間の者はみんなばかなのさ。』 老人は呼吸を止めた。かれはすっかり知った。人々はかれが党類を作って、組んで手帳を返したものとかれを詰るのであった。 かれは弁解を試みたが、卓の人はみんな笑った。 かれはその食事をも終わること・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・ 阿部一族の喜びは非常であった。世間は花咲き鳥歌う春であるのに、不幸にして神仏にも人間にも見放されて、かく籠居している我々である。それを見舞うてやれという夫も夫、その言いつけを守って来てくれる妻も妻、実にありがたい心がけだと、心から感じ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・しかしまあ世間普通の好男子ですね。世間でおめかしをした Adonis なんどと云う性で、娘子の好く青年士官や、服屋の見本にかいてある男にある顔なのです。そこでわたくしは非常に反抗心を起したのです。どうにかして本当の好男子になろうとしたのです・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・彼らは彼女の芸術を見るばかりでなくその人をまねた。世間の人は毎日毎日彼女を夢に見てあくがれているように見えた。 ヘルマン・バアルは露都で得た芸術の酔いごこちをフランクフルト新聞に披瀝して、神のごときデュウゼをドイツに迎えようと叫んだ・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫