・・・見物一同大満足の体で、おれの顔を見てにこにこしている。両方の電車が動き出す。これで交通の障碍がやっと除かれたのである。おれはこの出来事のために余程興奮して来たので、議会に行くことはよしにした。ぶらぶら散歩して、三十分もたってから、ちょうど歩・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・これに対してモスコフスキーが、一体それは腕を仕込むのが主意か、それとも民衆一般との社会的連帯の感じを持たせるためかと聞くと、「両方とも私には重要に思われる。その上に私のこの希望を正当と思わせるもう一つの見地がある。手工は勿論高等教育を受・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・どうだ。両方で折合って、百円で一切いざこざ無しという事にしようじゃないか。」 僕は紙入から折好く持合せていた百円札を出してお民に渡した。別に証文を取るにも及ぶまい。此の事件もこれで落着したものと思っていると、四五日過ぎてお民はまた金をね・・・ 永井荷風 「申訳」
一 太十は死んだ。 彼は「北のおっつあん」といわれて居た。それは彼の家が村の北端にあるからである。門口が割合に長くて両方から竹藪が掩いかぶって居る。竹藪は乱伐の為めに大分荒廃して居るが、それでも庭からそこらを陰鬱にして居る。・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・固より見た通なんだから両方とも嘘ではない。がまた両方とも本当でもない。これに似寄りの定義は、あっても役に立たぬことはない。が、役に立つと同時に害をなす事も明かなんだから、開化の定義と云うものも、なるべくはそう云う不都合を含んでいないように致・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・それは僕にとって非常に辛く、客と両方への気兼ねのために、神経をひどく疲らせる仕末だった。僕は自然に友人を避け、孤独で暮すことを楽しむように、環境から躾けられてしまったのである。 こうした環境に育った僕は、家で来客と話すよりも、こっちから・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・ 二人の制服巡査が、両方の乗降口に残って他のは出て行った。 プラットフォームは、混乱した。叫び声、殴る響、蹴る音が、仄暗いプラットフォームの上に拡げられた。 彼は、懐の匕首から未だ手を離さなかった。そして、両方の巡査に注意しなが・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・前の二匹の鳥は勿論渡り鳥であるが、異種類でありながら、非常に鳥の中が可い。両方で頻りに接吻して居る。ジャガタラ雀がじっとして居ると、キンパラはその頭をかいてやる。よくよく見て居ると、その二羽は全く夫婦となりすまして居る。その後友達がキンカ鳥・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・ 蟻の子供らが両方から帰ってきました。「兵隊さん。かまわないそうだよ。あれはきのこというものだって。なんでもないって。アルキル中佐はうんと笑ったよ。それからぼくをほめたよ」「あのね、すぐなくなるって。地図に入れなくてもいいって。・・・ 宮沢賢治 「ありときのこ」
・・・彼女は男たちから少し離れたところへ行って、確り両方の脚を着物の裾で巻きつけた。「ワーイ」 目を瞑り一息に砂丘の裾までころがった。気が遠くなるような気持であった。海が上の方に見えるどころか、誰だって自分の瞼の裏が太陽に透けてどんなに赤・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
出典:青空文庫