・・・かくしてあの人は宮に入り、驢馬から降りて、何思ったか、縄を拾い之を振りまわし、宮の境内の、両替する者の台やら、鳩売る者の腰掛けやらを打ち倒し、また、売り物に出ている牛、羊をも、その縄の鞭でもって全部、宮から追い出して、境内にいる大勢の商人た・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・しかし美しい芸術が人の心に及ぼす影響はすぐその場で手っ取り早く具体的な自覚的行為に両替して、それで済まされるものだろうか。それではあまりに物足りない。たとえ音楽会の帰りに電車の中でけんかをし、宅へ帰って家族をしかったりする事があるとしても、・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・支那両替屋の招牌が幌を掠めた。首をこごめて往来をのぞくと、右手に畳を縫って居る職人、向側の塵埃っぽい大硝子窓の奥で針を働して居る洋服工、つい俥の下で逃げ出す鶏を見乍ら丸髷に結った女と喋って居る若者迄悉く支那人だ。道のつき当りから山手にかかっ・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
出典:青空文庫