・・・松の並木道。坂道。バスは走る。 船津。湖水の岸に、バスはとまった。律子は土地の乗客たちに軽くお辞儀をして、静かに降りた。三浦君のほうには一瞥もくれなかったという。降りてそのまま、バスに背を向けて歩き出した。貞子は、あわてそそくさと降りて・・・ 太宰治 「律子と貞子」
・・・ 全く杉の列はどこを通っても並木道のようでした。それに青い服を着たような杉の木の方も列を組んであるいているように見えるのですから子供らのよろこび加減と云ったらとてもありません、みんな顔をまっ赤にしてもずのように叫んで杉の列の間を歩いてい・・・ 宮沢賢治 「虔十公園林」
・・・希望と勇気にみたされ、わたしは並木道の下を更に工場クラブの方へ行った。〔一九三二年九・十月〕 宮本百合子 「明るい工場」
・・・これを書いたのは、モスクワ市をかこむ並木道のはずれにあるアストージェンカという町の狭いクワルティーラの一室だった。「子供・子供・子供のモスクワ」は一九三〇年に、同じアストージェンカのクワルティーラではあるが、こんどは前よりもひろい、そして静・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第八巻)」
・・・ 外国人のためにもこの祭りの日と夜とを一きわ華やかにしつらえている贅沢な並木道通りからはずれ、暗いガードそばという場末街の祭の光景は、その片かげに大パリの現実的な濃い闇を添えているだけに、音楽も踊る群集も哄笑も、青や赤の色電燈の下で、実・・・ 宮本百合子 「十四日祭の夜」
・・・ そのクラブで、ソヴェト勤労者は、政治教程、文学、劇、音楽、美術、ラジオ、科学、体育などの研究会をもち、大衆の中からの新鮮な創造力をもりたてている。 十月にはいると、モスクは晩秋だ。 並木道がすっかり黄色くなり、深く重りあった黄・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・ あっちの根元に立派なホールがあって、集った人達が笛を吹いたり※イオリンを鳴らして居るかと思うと、すぐここの根元では、すばらしい天蓋のある乗物にのって美くしい女王がそそり立った城門から並木道へさしかかって居る。 あー、あの可愛い女の・・・ 宮本百合子 「草の根元」
・・・外の並木道をこした市の外廓には、新工場のポンド式ガラス屋根の反射とともに、新労働者住宅のさっぱりしたコンクリート壁が、若い街路樹のかなたに、赤い布をかぶった通行人を浮きあがらしている。 モスクワ河の岸に一区画を占める大建築が進行中だ。黒・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
モスクワじゅうが濡れたビードロ玉だ。きのうひどく寒かった。並木道の雪が再び凍って子供連がスキーをかつぎ出した。ところへ今夜は零下五度の春の雨が盛にふってる。どこもかしこもつるつるである。 黒くひかってそこへ街の灯かげを・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・ けれども、その犠牲の様式化され、装飾化されさえしたような美の形式にかかわらず、男一人に女五人の割というフランスで、夕方華やかな装いで街の女が歩きはじめる並木道の一重裏の通りを、黒い木綿の靴下をはいた勤労の女たちが、疲労の刻まれた顔で群・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
出典:青空文庫