・・・…… 二 彼は本郷の叔父さんの家から僕と同じ本所の第三中学校へ通っていた。彼が叔父さんの家にいたのは両親のいなかったためである。両親のいなかったためと云っても、母だけは死んではいなかったらしい。彼は父よりもこの・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・こう云う溌剌とした空想は中学校へはいった後、いつのまにか彼を見離してしまった。今日の彼は戦ごっこの中に旅順港の激戦を見ないばかりではない、むしろ旅順港の激戦の中にも戦ごっこを見ているばかりである。しかし追憶は幸いにも少年時代へ彼を呼び返した・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ 学校――中学校です。 ト、犬は廊下を、どこへ行ったか分りません。 途端に…… ざっざっと、あの続いた渦が、一ツずつ数万の蛾の群ったような、一人の人の形になって、縦隊一列に入って来ました。雪で束ねたようですが、いずれも演習行・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・学士先生の方は、東京のある中学校でれっきとした校長さんでございますが。―― で、その画師さんが、不意に、大蒜屋敷に飛び込んで参ったのは、ろくに旅費も持たずに、東京から遁げ出して来たのだそうで。……と申しますのは――早い話が、細君がありな・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・僕は勿論民子とて、よもやそうは思わなかったろうけれど、この時のつらさ悲しさは、とても他人に話しても信じてくれるものはないと思う位であった。 尤も民子の思いは僕より深かったに相違ない。僕は中学校を卒業するまでにも、四五年間のある体であるの・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ ちょうど隣の家の二階には、中学校へ、教えに出る博物の教師が借りていました。博物の教師は、よく円形な眼鏡をかけて、顔を出してこちらをのぞくのであります。 博物の教師は、あごにひげをはやしている、きわめて気軽な人でありましたが、いつも・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・秀才の寄り集りだという怖れで眼をキョロキョロさせ、競争意識をとがらしていたが、間もなくどいつもこいつも低脳だとわかった。中学校と変らぬどころか、安っぽい感激の売出しだ。高等学校へはいっただけでもう何か偉い人間だと思いこんでいるらしいのがばか・・・ 織田作之助 「雨」
・・・寺田は京都生れで、中学校も京都A中、高等学校も三高、京都帝大の史学科を出ると母校のA中の歴史の教師になったという男にあり勝ちな、小心な律義者で、病毒に感染することを惧れたのと遊興費が惜しくて、宮川町へも祇園へも行ったことがないというくらいだ・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・家を捜すのにほっとすると、実験装置の器具を注文に本郷へ出、大槻の下宿へ寄った。中学校も高等学校も大学も一緒だったが、その友人は文科にいた。携わっている方面も異い、気質も異っていたが、彼らは昔から親しく往来し互いの生活に干渉し合っていた。こと・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・ 間もなく自分も志村も中学校に入ることとなり、故郷の村落を離れて、県の中央なる某町に寄留することとなった。中学に入っても二人は画を書くことを何よりの楽にして、以前と同じく相伴うて写生に出掛けていた。 この某町から我村落まで七里、もし・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
出典:青空文庫