・・・「秋九月中旬というころ、一日自分が樺の林の中に座していたことがあッた。今朝から小雨が降りそそぎ、その晴れ間にはおりおり生ま暖かな日かげも射してまことに気まぐれな空合い。あわあわしい白ら雲が空ら一面に棚引くかと思うと、フトまたあちこち・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・大隅君が渡支して五年目、すなわち今年の四月中旬、突然、彼から次のような電報が来た。 ○オクツタ」ユイノウタノム」ケツコンシキノシタクセヨ」アスペキンタツ」オオスミチユウタロウ 同時に電報為替で百円送られて来たのである。 彼が・・・ 太宰治 「佳日」
・・・「さあ、先月の中旬ごろだったでしょうか。あがらない?」「いいえ。きょうは他に用事もあるし。」僕には少し薄気味がわるかったのである。「恥かしいことでしょうけれど、私は、女の親元からの仕送りで生活していたのです。それがこんなになって・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ 中旬 月日。「拝呈。過刻は失礼。『道化の華』早速一読甚だおもしろく存じ候。無論及第点をつけ申し候。『なにひとつ真実を言わぬ。けれども、しばらく聞いているうちには思わぬ拾いものをすることがある。彼等の気取った言葉・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・私は三月中旬、ひとりで鎌倉へ行った。昭和十年である。私は鎌倉の山で縊死を企てた。 やはり鎌倉の、海に飛び込んで騒ぎを起してから、五年目の事である。私は泳げるので、海で死ぬのは、むずかしかった。私は、かねて確実と聞いていた縊死を選んだ。け・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ 私はそれまで一年三箇月間、津軽の生家で暮し、ことしの十一月の中旬に妻子を引き連れてまた東京に移住して来たのであるが、来て見ると、ほとんどまるで二三週間の小旅行から帰って来たみたいの気持がした。「久し振りの東京は、よくも無いし、悪く・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
一 ほととぎすの鳴き声 信州沓掛駅近くの星野温泉に七月中旬から下旬へかけて滞在していた間に毎日うるさいほどほととぎすの声を聞いた。ほぼ同じ時刻にほぼ同じ方面からほぼ同じ方向に向けて飛びながら鳴くことがしばし・・・ 寺田寅彦 「疑問と空想」
九月中旬の事であった。ある日の昼ごろ堅吉の宅へ一封の小包郵便が届いた。大形の茶袋ぐらいの大きさと格好をした紙包みの上に、ボール紙の切れが縛りつけて、それにあて名が書いてあったが、差出人はだれだかわからなかった。つたない手跡・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・七月下旬に沓掛へ行ったときは時鳥が盛んに啼いたが、八月中旬に再び行ったときはもう時鳥を聴くことが出来なかった。すべては時の函数である。 十一 赤いカンナが色々咲いている。文字で書けば朱とか紅とかいうだけである・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
一 一月中旬のある日の四時過ぎに新宿の某地下食堂待合室の大きな皮張りの長椅子の片すみに陥没して、あとから来るはずの友人を待ち合わせていると、つい頭の上近くの天井の一角からラジオ・アナウンサーの特有な癖のある雄弁が流れ出していた。・・・ 寺田寅彦 「相撲」
出典:青空文庫