『鹿狩りに連れて行こうか』と中根の叔父が突然に言ったので僕はまごついた。『おもしろいぞ、連れて行こうか、』人のいい叔父はにこにこしながら勧めた。『だッて僕は鉄砲がないもの。』『あはははははばかを言ってる、お前に鉄砲が打てるものか・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・これは、夏目先生が英国へ留学を命ぜられたために熊本を引上げて上京し、奥さんのおさとの中根氏の寓居にひと先ず落着かれたときのことであるらしい。先生が上京した事をわざわざ知らしてくれたものと思われる。その頃自分は大学二年生であったが、その少し前・・・ 寺田寅彦 「子規自筆の根岸地図」
・・・ 帰朝当座の先生は矢来町の奥さんの実家中根氏邸に仮寓していた。自分のたずねた時は大きな木箱に書物のいっぱいつまった荷が着いて、土屋君という人がそれをあけて本を取り出していた。そのとき英国の美術館にある名画の写真をいろいろ見せられて、その・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・一説に明治十八年とも云う。中根淑の香亭雅談を見るに「今歳ノ春都下ノ貴紳相議シテ湖ヲ環ツテ闘馬ノ場ヲ作ル。工ヲ発シ混沌ヲ鑿ル。而シテ旧時ノ風致全ク索ク矣。」と言っている。雅談の成った年は其序によって按ずれば癸未暮春である。また巻尾につけられた・・・ 永井荷風 「上野」
・・・て事尋ねとひ、あるは物語を聞まほしくおもふを、けふは此頃にはめづらしく日影あたたかに久堅の空晴渡りてのどかなれば、山川野辺のけしきこよなかるべしと巳の鼓うつ頃より野遊に出たりき、三橋といふ所にいたる、中根師質あれこそ曙覧の家なれといへるを聞・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
出典:青空文庫