・・・「将軍が中止を命じたのです。」「なぜ?」「下品ですから、――将軍は下品な事は嫌いなのです。」 そう云う内にもう一度、舞台の拍子木が鳴り始めた。静まり返っていた兵卒たちは、この音に元気を取り直したのか、そこここから拍手を送り出・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・敵味方の少年はこの騒ぎにせっかくの激戦も中止したまま、保吉のまわりへ集まったらしい。「やあ、負傷した」と云うものもある。「仰向けにおなりよ」と云うものもある。「おいらのせいじゃなあい」と云うものもある。が、保吉は痛みよりも名状の出来ぬ悲しさ・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・彼は一時間の授業時間を三十分ばかり過した後、とうとう訳読を中止させた。その代りに今度は彼自身一節ずつ読んでは訳し出した。教科書の中の航海は不相変退屈を極めていた。同時にまた彼の教えぶりも負けずに退屈を極めていた。彼は無風帯を横ぎる帆船のよう・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・はたまた今日我邦において、その法律の規定している罪人の数が驚くべき勢いをもって増してきた結果、ついにみすみすその国法の適用を一部において中止せねばならなくなっている事実(微罪不検挙の事実、東京並びに各都市における無数の売淫婦が拘禁は何を語る・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・当時の印刷局長得能良介は鵜飼老人と心易くしていたので、この噂を聞くと真面目になって心配し、印刷局へ自由勤めとして老人を聘して役目で縛りつけたので、結局この計画は中止となり、高橋の志道軒も頓挫してしまった。マジメに実行するツモリであったかドウ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 早速社へ宛てて、今送った原稿の掲載中止を葉書で書き送ってその晩は寝ると、翌る朝の九時頃には鴎外からの手紙が届いた。時間から計ると、前夜私の下宿へ来られて帰ると直ぐ認めて投郵したらしいので、文面は記憶していないが、その意味は、私のペン・・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・と、いままでペスの今後の相談をしていた、達ちゃんと正ちゃんは、そのほうの話を中止して、もっと、くわしいことを知るために、「政ちゃん、どこで、ペスを見たんだい。」と、まず正ちゃんは、たずねました。「橋のところで、遊んでいて、見たんだよ・・・ 小川未明 「ペスをさがしに」
・・・「今朝の葉書のこと、考えが変わってやめることにしたから、お願いしたことご中止ください」 今朝彼は暖い海岸で冬を越すことを想い、そこに住んでいる友人に貸家を捜すことを頼んで遣ったのだった。 彼は激しい疲労を感じながら坂を帰るのにあ・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・「急用なら中止しましょう」と紳士は一寸手を休める。「何に関いません、急用という程の事じゃアないんです。」と若主人は直ぐ盤を見つめて、石を下しつつ、「今の妹の姉にお正というのがいたのを御存じでしょう。」「そうでした、覚えていま・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・指端を弄して低き音の縷のごときを引くことしばし、突然中止して船端より下りた。自分はいきなり、「あんまさん、私の宅に来て、少し聞かしてくれんか」「ヘイ、ヘイー」と彼は驚いたように言って急に自分の顔を見て、そしてまた頭を垂れ首を傾け「ヘ・・・ 国木田独歩 「女難」
出典:青空文庫