・・・山小屋といっても、山の崖に斜めに丸太を横に立てかけ、その上を蓆や杉葉でおおうた下に板を敷いて、めいめいに毛布にくるまってごろごろ寝るのである。小屋のすみに石を集めた竈を築いて、ここで木こりの人足が飯をたいてくれる。一日の仕事から・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・十月頃の晴れた空の下に一望尽る処なき瓦屋根の海を見れば、やたらに突立っている電柱の丸太の浅間しさに呆れながら、とにかく東京は大きな都会であるという事を感じ得るのである。 人家の屋根の上をば山手線の電車が通る。それを越して霞ヶ関、日比谷、・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・昨日あたり山から伐出して来たといわぬばかりの生々しい丸太の電柱が、どうかすると向うの見えぬほど遠慮会釈もなく突立っている。その上に意匠の技術を無視した色のわるいペンキ塗の広告がベタベタ貼ってある。竹の葉の汚らしく枯れた松飾りの間からは、家の・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ その日、晩方までには、もう萱をかぶせた小さな丸太の小屋が出来ていました。子供たちは、よろこんでそのまわりを飛んだりはねたりしました。次の日から、森はその人たちのきちがいのようになって、働らいているのを見ました。男はみんな鍬をピカリピカ・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・「おい、お前は時計は要らないか。」丸太で建てたその象小屋の前に来て、オツベルは琥珀のパイプをくわえ、顔をしかめて斯う訊いた。「ぼくは時計は要らないよ。」象がわらって返事した。「まあ持って見ろ、いいもんだ。」斯う言いながらオツベル・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・その土手の一とこちぎれたところに二本の丸太の棒を横にわたしてありました。悦治がそれをくぐろうとしますと、嘉助が、「おらこったなものはずせだぞ。」と言いながら片っぽうのはじをぬいて下におろしましたのでみんなはそれをはね越えて中にはいりまし・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・盆地で暑いせいだろう、前庭に丸太で組んだヤグラのようなすずみ台をこしらえて、西陽のさす方へコモをたらして、そこで女が縫いものをしたり、子供がひるねしたりしていた。 秋田、山形辺は、食糧危機がひどくなってから、主食買い出しの全国的基地とな・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・ 私は少しほか人の居ない静かな放課後の校庭の隅に有る丸太落しの上に腰をかけて膝の上に両手を立ててその上に頬をのせて、黄色になって落ちた藤の葉や桜の葉を見つめて居た。 その時私は菊の大模様のついた渋い好いメリンスの袷を着て居たと覚えて・・・ 宮本百合子 「M子」
・・・数本の白樺と檜の樹にかこまれた丸太づくりの小さい学校だ。が、そこに一人の精力的な教師が働いている。一九一七年までその教師は近所の村の教区学校の教師をしていた。コンムーナが出来るとそこの学校で教えはじめた。ガッチリした四十がらみの男で、ツルの・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ そういいながら吉は釣瓶の尻の重りに縛り付けられた欅の丸太を取りはずして、その代わり石を縛り付けた。 暫くして吉は、その丸太を三、四寸も厚味のある幅広い長方形のものにしてから、それと一緒に鉛筆と剃刀とを持って屋根裏へ昇っていった。・・・ 横光利一 「笑われた子」
出典:青空文庫