・・・それに、この一篇の主題は戦争ではなく浪子の悲劇にある。だから、ここで戦争文学として取扱うことは至当ではないが、たゞこれが当時の多くの大衆に愛誦された理由が、浪子の悲劇だけでなく、軍人がその中に書かれ、戦争が背景に取り入れられ、戦時気分に満た・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・磯九郎ばかりではありません、例に挙げたから申しますが、身の苦しさに棄児をした糠助なんぞでも、他の作者ならばそれだけを主題にしても一部を為すのであります。少しく小説の数をかけて読んだお方が、ちょっと瞑目して回想なさったらば、馬琴前後および近時・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・と、それから坪田譲治氏の、題は失念したけれども、子供を主題にした短篇小説だけであると思った。 私は自分が小説を書く事に於いては、昔から今まで、からっきし、まったく、てんで自信が無くて生きて来たが、しかし、ひとの作品の鑑賞に於いては、それ・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・これは、なんとしても黄村先生に教えてあげなければならぬ、とあの談話筆記をしている時には、あんなに先生のお話の内容を冷笑し、主題の山椒魚なる動物にもてんで無関心、声をふるわせて語る先生のお顔を薄気味わるがったりなど失礼な感情をさえ抱いていた癖・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・私という若い渡り鳥が、ただ東から西、西から東とうろうろしているうちに老いてしまうという主題なのです。仲間がだんだん死んでいきましてね。鉄砲で打たれたり、波に呑まれたり、飢えたり、病んだり、巣のあたたまるひまもない悲しさ。あなた。沖の鴎に潮ど・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・画の区別が年と共にいよいよ分からなくなって来た。画の主題でも描法でも両方から互いに接近し模倣し入乱れて来ている。それだのにそうかと云って、洋画家で絵絹へ油絵具を塗る試みをあえてする人、日本画家でカンバスへ日本絵具を盛り上げる実験をする人がな・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・ 第一にその一編の主題となるべきものからいわゆるストーリーあるいはシュジェーが定められる。これはたとえば数行のものであってもよいがともかくも内容のだいたいの筋書きができるのである。それをもう少し具体的な脚本すなわちシナリオに発展させる。・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ 太鼓の描くこの主題の伴奏としてはラッパのほかに兵隊の靴音がある。これがある時は石畳みの街路の上に、ある時は岩山の険路の上にまたある時は砂漠の熱砂の上に、それぞれに異なる音色をもって響くのである。 これらの音につれてスクリーンに現わ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・と同じく芸人フレッド・アステーアとジンジャー・ロジャースとの舞踊を主題とする音楽的喜劇である。はなはだたわいのないものである。これを見ていたとき、私のすぐ右側の席にいた四十男がずっと居眠りをつづけて、なんべんとなくその汗臭い頭を私の右肩にぶ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・のごとき自然描写を主題にしたものでも、おそらく映画製作者の意識には上らなかったような些事で、かえって最も強くわれわれの心を引くものが少なくない。たとえば獅子やジラフやゼブラそのものの生活姿態のおもしろいことはもちろんであるが、その周囲の環境・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
出典:青空文庫