・・・ほど経て先生が、久しい前君に貸したベインの本は僕の先生の著作だから保存して置きたいから、もし読んでしまったなら返してくれといわれた。その本は大分丹念に使用したものと見えて裏表とも表紙が千切れていた。それを借りたときにも返した時にも、先生は哲・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・ 日本語ほど、他の国語を取り入れてそのまま日本化する言語は少いであろう。久しい間、我々は漢文をそのままに読み、多くの学者は漢文書き下しによって、否、漢文そのものによって自己の思想を発表して来た。それは一面に純なる生きた日本語の発展を妨げ・・・ 西田幾多郎 「国語の自在性」
・・・ 久しい以前から、私は私自身の独特な方法による、不思議な旅行ばかりを続けていた。その私の旅行というのは、人が時空と因果の外に飛翔し得る唯一の瞬間、即ちあの夢と現実との境界線を巧みに利用し、主観の構成する自由な世界に遊ぶのである。と言って・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・僕とあなたが、お隣りになってから、もうずいぶん久しいもんですね。」「ええ。そうです。あなたは、ずいぶん大きくなりましたね。」「いいえ。しかし僕なんか、前はまるで小さくて、あなたのことを、黒い途方もない山だと思っていたんです。」「・・・ 宮沢賢治 「気のいい火山弾」
「伸子」の続篇をかきたい希望は、久しい間作者の心のうちにたくわえられていた。 一九三〇年の暮にモスクから帰って、三一年のはじめプロレタリア文学運動に参加した当時の作者の心理は、自分にとって古典である「伸子」を、過去の作品・・・ 宮本百合子 「あとがき(『二つの庭』)」
・・・ この選集第十一巻には、四十二篇の文芸評論があつめられているが、特徴とするところは、これらの四十二篇のうち、二十七篇が、はじめてここに単行本としてまとめられたということである。久しい間、新聞や雑誌からの切りぬきのまま紙ばさみの間に保存さ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・ 選集へどんな作品をのせるかという話が出たとき、わたしは絶えて久しいこの「古き小画」のことを思い出した。こんな風に古い物語を書いたりしたたった一つの作品であるし、今は忘れてしまっているその作品が、当時の自分によってどんなに扱われていたろ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・ 殉死を許した家臣の数が十八人になったとき、五十余年の久しい間治乱のうちに身を処して、人情世故にあくまで通じていた忠利は病苦の中にも、つくづく自分の死と十八人の侍の死とについて考えた。生あるものは必ず滅する。老木の朽ち枯れるそばで、若木・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・「もうよほど久しいことでございます。あれは豊干さんが松林の中から拾って帰られた捨て子でございます」「はあ。そして当寺では何をしておられますか」「拾われて参ってから三年ほど立ちましたとき、食堂で上座の像に香を上げたり、燈明を上げた・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・ が、そこにこそ問題があるのであることを、私は久しい間気づかなかった。世間の思わくの前に苦しむのであって、自分の良心の前に苦しむのでない、と言われ得るほど、他人の気を兼ねる習癖が、作者藤村の個性にこびりついていればこそ、藤村は『新生』の・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫