・・・女は白き手巾で目隠しをして両の手で首を載せる台を探すような風情に見える。首を載せる台は日本の薪割台ぐらいの大きさで前に鉄の環が着いている。台の前部に藁が散らしてあるのは流れる血を防ぐ要慎と見えた。背後の壁にもたれて二三人の女が泣き崩れている・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・昔の画家が聖母を乗せる雲をあんな風にえがいたものだ。山の裾には雲の青い影が印せられている。山の影は広い谷間に充ちて、広野の草木の緑に灰色を帯びさせている。山の頂の夕焼は最後の光を見せている。あの広野を女神達が歩いていて、手足の疲れる代りには・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ それに、来年の四月頃に、何か一つまとめた物を出して、知人の間にだけでも分けたいと思って居るので、その出来上って居る腹案を筆に乗せるのに毎日苦しんで居る。 八月中には、大体の結構は出来上って居なければならない。 九月中には、胚胎・・・ 宮本百合子 「偶感」
・・・と順々に発表してきましたが、此の秋『改造』へ載せるので、それも一落着きになるつもりです。これはまるで、五年間の家庭生活に、はたきを掛けたり、拭いたり、お掃除をしているようなもので、これが済んだら、気持の上にも一段落ついてきっと何か新らしいと・・・ 宮本百合子 「十年の思い出」
・・・前晩酉の刻から、九郎右衛門とりよとを載せるために、酒井家でさし立てた二挺の乗物は、辻番所に来て控えていたのである。九郎右衛門、文吉は本多某に、りよは神戸に預られた。 この日酉の下刻に町奉行筒井伊賀守政憲が九郎右衛門等三人を呼び出した。酒・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・音羽の通まで牛車で運んで来て、鼠坂の傍へ足場を掛けたり、汽船に荷物を載せる Crane と云うものに似た器械を据え附けたりして、吊り上げるのである。職人が大勢這入る。大工は木を削る。石屋は石を切る。二箇月立つか立たないうちに、和洋折衷とか云・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・のみならず東京に慣れない目の悪い老人を今の東京の電車にひとりで乗せるわけには行かぬ。ただ道を歩くだけでも、ひとりでは危険である。勢い小生がついて歩かなくてはならぬ。それでは小生が自分の任務を怠らなくてはならぬ。 こういうことを考えて小生・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫