・・・小説家 (急に悄気さあ、とにかくその前には、書き上げるつもりでいるのですが、――編輯者 一体何時出発する予定ですか?小説家 実は今日出発する予定なのです。編輯者 今日ですか?小説家 ええ、五時の急行に乗る筈なのです。・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・……… * * * * * 僕は三泊の予定通り、五月十九日の午後五時頃、前と同じ江丸の甲板の欄干によりかかっていた。白壁や瓦屋根を積み上げた長沙は何か僕には無気味だった。それは次第に迫って来る暮色の影響に違いなかった。僕・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・唯物史観に立脚するマルクスは、そのままに放置しておいても、資本主義的経済生活は自分で醸した内分泌の毒素によって、早晩崩壊すべきを予定していたにしても、その崩壊作用をある階級の自覚的な努力によって早めようとしたことは争われない。そして彼はその・・・ 有島武郎 「想片」
・・・ 時に九月二日午前七時、伏木港を発する観音丸は、乗客の便を謀りて、午後六時までに越後直江津に達し、同所を発する直江津鉄道の最終列車に間に合すべき予定なり。 この憐むべき盲人は肩身狭げに下等室に這込みて、厄介ならざらんように片隅に踞り・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・れど、実は日数の少ないのに、汽車の遊びを貪った旅行で、行途は上野から高崎、妙義山を見つつ、横川、熊の平、浅間を眺め、軽井沢、追分をすぎ、篠の井線に乗り替えて、姨捨田毎を窓から覗いて、泊りはそこで松本が予定であった。その松本には「いい娘の居る・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ 三 『八犬伝』総括評 だが、有体に平たくいうと、初めから二十八年と予定して稿を起したのではない。読者の限りない人気に引き摺られて次第に延長したので、アレほど厖大な案を立てたのでないのはその巻数の分け方を見ても明・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・けれども、結婚は少くとも校長級の家の娘とする予定だった。写本師風情との結婚など夢想だに価しなかったのだ。わずかに、お君の美貌が軽部を慰めた。 某日、軽部の同僚と称して、蒲地某が宗右衛門の友恵堂の最中を手土産に出しぬけに金助を訪れ、呆気に・・・ 織田作之助 「雨」
・・・私は十五分の予定だったその放送を十分で終ってしまったが、端折った残りの五分間で、「皆さん、僕はあんな小説を書いておりますが、僕はあんな男ではありません」と絶叫して、そして「あんな」とは一体いかなることであるかと説明して、もはや「あんな」の意・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・それともこんな反省すらもちゃんと予定の仕組で、今もしあの男の影があすこへあらわれたら、さあいよいよと舌を出すつもりにしていたのではなかろうか……」 生島はだんだんもつれて来る頭を振るようにして電燈を点し、寝床を延べにかかった。 ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・私はいつの間にか、これから三里の道を歩いて次の温泉までゆくことに自分を予定していた。犇ひしと迫って来る絶望に似たものはだんだん私の心に残酷な欲望を募らせていった。疲労または倦怠が一たんそうしたものに変わったが最後、いつも私は終わりまでその犠・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
出典:青空文庫