・・・僕も、あの額縁の画についての夫婦の相談や、この長火鉢の位置についての争論を思いやって、やはり生活のあらたまった折の甲斐甲斐しいいきごみを感じたわけであった。煙草を一本吸っただけで、僕は腰を浮かせた。五月になったら畳をかえてやろう。そんなこと・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ 私たちは次のような争論をはじめたのである。 ――あまり馬鹿にするなよ。 ――馬鹿にしたのじゃない。甘えたのさ。いいじゃないか。 ――おれは百姓だ。甘えられて、腹がたつ。 私は百姓の顔を見直した。短い角刈にした小さい顔と・・・ 太宰治 「逆行」
・・・世間普通の例に男同士の争論喧嘩は珍らしからねど、其男子が婦人に対して争うことは稀なり。是れも男子の自から慎しむには非ずして、実は婦人の柔和温順、何処となく犯す可らざるものあるが故ならん。啻に男女の間のみならず、男子と男子との争にも婦人の仲裁・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ある時、林大学頭より出したる受取書に、楷書をもって尋常に米と記しければ、勘定所の俗吏輩、いかでこれを許すべきや、成規に背くとて却下したるに、林家においてもこれに服せず、同家の用人と勘定所の俗吏と一場の争論となりて、ついに勘定奉行と大学頭と直・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・余輩の所見をもって、旧中津藩の沿革を求め、殊に三十年来、余が目撃と記憶に存する事情の変化を察すれば、その大略、前条のごとくにして、たとい僥倖にもせよ、または明に原因あるにもせよ、今日旧藩士族の間に苦情争論の痕跡を見ざるは事実において明白なり・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・甚だしきは骨肉相争い、親戚陰に謀り、家名の相続、財産の分配等、争論百出、所謂御家騒動の大波瀾を生じて人に笑わるゝの事例さえなきに非ず。而して其不和争擾の衝に当る者は其時の未亡人即ち今日の内君にして、禍源は一男子の悪徳に由来すること明々白々な・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・なお床下通り二十九番地ポ氏は、昨夜深更より今朝にかけて、ツェ氏並びにはりがねせい、ねずみとり氏の激しき争論、時に格闘の声を聞きたりと。以上を総合するに、本事件には、はりがねせい、ねずみとり氏、最も深き関係を有するがごとし。本社はさらに深く事・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
出典:青空文庫