・・・を通して読者に種々の事相を示した小説を読んでみますと、その小説の中の柱たり棟たる人物は、あるいは「親孝行」という美徳を人に擬えて現わしたようなものであったり、あるいは「忠義」という事を人にして現わしたようなものであったり、あるいは強くて情深・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・そこで事相の成不成、機縁の熟不熟は別として一切が成熟するのである。政元の魔法は成就したか否か知らず、永い月日を倦まず怠らずに、今日も如法に本尊を安置し、法壇を厳飾し、先ず一身の垢を去り穢を除かんとして浴室に入った。三業純浄は何の修法にも通有・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・と人が認めるものを書いたものが随筆の部類に編入される、というのが実際の事相であるように見える。 こういう見方を進めて行くと、結局、いわゆる創作とは、つじつまを合わせるために多少の欺瞞を許容したこしらえものの事であり、随筆とは筆者の真実、・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・そして現代の事相に古い民俗的の背景を与える。 この神社の祭礼の儀式が珍しいものであった。子供の時分に一二度見ただけだから、もう大部分は忘れてしまったが、夢のような記憶の中を捜すとこんな事が出て来る。 やはり農家の暇な時季を選んだもの・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・わたくしは戦争後に現れた世間的事相に対する興味からこんな事を論述するのに過ぎない。流行演劇の残忍は娯楽雑誌に満載せられる大衆小説家の小説と、またその挿絵とに関係している事は勿論である。もし芸術上これを非とするならばその罪は大衆小説家の負うべ・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・ 今の風潮は、天下の学生を駆りてこれを政治に入らしむるものなるを、世の論者は、往々その原因を求めずして、ただ現在の事相に驚き、今の少年は不遜なり軽躁なり、漫に政治を談じて身の程を知らざる者なりとて、これを咎る者あれども、かりにその所言に・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・この一段に至て、かえりみて世上の事相を観れば、政府も人事の一小区のみ、戦争も群児の戯に異ならず、中津旧藩のごとき、何ぞこれを歯牙に止るに足らん。 彼の御広間の敷居の内外を争い、御目付部屋の御記録に思を焦し、ふつぜんとして怒り莞爾として笑・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・ひとしく同一の徳教を奉じてその徳育を蒙る者が、人事の実際においてはまったく反対の事相を呈す。怪しむべきに非ずや。ひっきょう、徳教の働は、その国の輿論に妨なき限界にまで達して、それ以上に運動するを得ざるの実証なり。もしもこの限界を越ゆるときは・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・ すべてこれ人間の私情に生じたることにして天然の公道にあらずといえども、開闢以来今日に至るまで世界中の事相を観るに、各種の人民相分れて一群を成し、その一群中に言語文字を共にし、歴史口碑を共にし、婚姻相通じ、交際相親しみ、飲食衣服の物、す・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・同時に、既に十分の技術をもっている作家が、刻々に推移してしかも一般人の生活の歴史に重大な関係をもつ社会事相に敏速に応じ、それを正当な方向において、歴史の意味するところを報告し、より正確で深い人間性に迄ふれて一般人に各自のおかれている現実関係・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
出典:青空文庫