・・・ 火星 火星の住民の有無を問うことは我我の五感に感ずることの出来る住民の有無を問うことである。しかし生命は必ずしも我我の五感に感ずることの出来る条件を具えるとは限っていない。もし火星の住民も我我の五感を超越した存在を保っ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 李は五感を失った人のように、茫然として、廟の中へ這いこんだ。両手を鼠の糞と埃との多い床の上について、平伏するような形をしながら、首だけ上げて、下から道士の顔を眺めているのである。 道士は、曲った腰を、苦しそうに、伸ばして、かき集め・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・というものの成立や意義などについて色々考えた結果、人間の五感のそれぞれの役目について少し深く調べてみたくなった。そのためには五感のうちの一つを欠いた人間の知識の内容がどのようなものかという事を調べるのも、最も適当な手掛りの一つだと思われた。・・・ 寺田寅彦 「鸚鵡のイズム」
物には必ず物理がある。ここにいわゆる物とは何ぞや、直接間接に人間五感の対象となって万人その存在を認めあるいは認め得べきものを指す。故に幽霊はここにいわゆる物ではない。夢中の宝玉も物ではない。物理学者は通例物質とエネルギーと・・・ 寺田寅彦 「物質とエネルギー」
人間がその周囲の自然界の事物に対する知識経験の基になる材料は、いずれも直接間接に吾人の五感を通じて供給されるものである。生まれつき盲目で視神経の能力を欠いた人間には色という言葉はなんらの意味を持たない、物体の性質から色とい・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
・・・今日では目に見えぬもの、手に触れる事のできぬもの、あるいは五感以上に超然たるものがしだいに意識の舞台に上る事であろうと思いますから、まず気を長くして待っていたらよかろうと思います。 もう一遍繰返して「意識の連続」と申します。この句を割っ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫