・・・こは眼鏡の曇りたる故ならめと謬り思ひて、俗に本玉とかいふ水晶製の眼鏡の価貴きをも厭はで此彼と多く購ひ求めて掛替々々凌ぐものから(中略、去歳庚子夏に至りては只朦々朧々として細字を書く事得ならねば其稿本を五行の大字にしつ、其も手さぐりにて去年の・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・東を青州といへるは五行によれるものにて、東方は木徳、色は青なるによれるなるべく、西を梁州といへるは、十二宮にて正西に當れる大梁、。而して宗教的思想より進みて道徳を以て人々の行を規定し行かんと擬したるは儒教なり。この固有思想と五行等の新來思想・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・などという議論があり、結局五行説か何かへ持って行って無理に故事つけているところがおもしろい。五行説は物理学の卵であるとも言われる。これについて思い出すのは十余年前の夏大島三原火山を調べるために、あの火口原の一隅に数日間のテント生活を・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・お敬ちゃんは畳に散って居る五行本の字を見つめながら、「ほんまにしずかな好い日や」 こんな事を細い声で云った。「そやなあ、塗下駄はいて大川端を歩いて見たいなも、どんなにいいやろ」 私達はぶきっちょな口つきでこんな事を云いあって・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫