・・・ 晩秋の或る日曜日、ふたりは東京郊外の井の頭公園であいびきをした。午前十時。 時刻も悪ければ、場所も悪かった。けれども二人には、金が無かった。いばらの奥深く掻きわけて行っても、すぐ傍を分別顔の、子供づれの家族がとおる。ふたり切りにな・・・ 太宰治 「犯人」
・・・家の近くの、井の頭公園の森にはいった時、私は、やっと自分の大変な姿に気が附いた。「ああ、いけない。」と思わず呻いた。「こりゃ、いけない。」立ちどまってしまった。「どうしたのです。お腹でも――、」友人は心配そうに眉をひそめて、私の顔を・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・ 先日、めずらしく佳い天気だったので、私は、すぐ近くの井の頭公園へ、紅葉を見に出かけ、途中で気が変って杉野君のアトリエを訪問した。杉野君は、ひどく意気込んで私を迎えた。「ちょうどいいところだった。きょうからモデルを使うのです。」・・・ 太宰治 「リイズ」
出典:青空文庫