・・・二人の話しぶりはきわめて卒直であるものの今宵初めてこの宿舎で出合って、何かの口緒から、二口三口襖越しの話があって、あまりのさびしさに六番の客から押しかけて来て、名刺の交換が済むや、酒を命じ、談話に実が入って来るや、いつしか丁寧な言葉とぞんざ・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・旅行者は、国境で円をルーブルに交換して行く、そして国外へ出る時には、ルーブルを円に交換してもらう。それは、一ルーブルが一円四銭の割合で交換された。ところが、ある時、深沢は、一ルーブル二十一銭で引きとった多くの紙幣を、国外から国内へ持ちこんで・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・「俺のナイフと交換しようか。」 ほかの声が云った。「いやだよ。そんなもの十銭の値打もすりゃせんじゃないか。」「馬鹿! 片ッ方だけの耳輪にどれだけの値打があるんだ!」 斜丘の中ほどに壊れかけた小屋があった。そこで通訳が向う・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・をしめし合せ、雑役を使って他の独房の同志と「レポ」を交換したり「獄内中央委員会」というものさえ作っている、そして例えば、外部の「モップル」と連絡をとって、実際の運動と結びつこうとしたり、内では全部が結束して「獄内待遇改善」の要求を提出しよう・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・結局、彼は行きつけの本屋に寄って、電話を借り、Sにかけた。交換手がひっこんで、相手が出る、その短かい間、龍介は「いてくれれば」という気持と「かえっていないでくれれば極りがつく」という気持を同時に感じた。相手が出ぬ前、受話機をかけてしまうかと・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・後に成って、反って大塚さんは眼に見えない若い二人の交換す言葉や、手紙や、それから逢曳する光景までもありありと想像した。それを思うと仕事も碌々手に着かないで、ある時は二人の在処を突留めようと思ったり、ある時は自分の年甲斐も無いことを笑ったり、・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・ こういう言葉を交換して歩いて行くうちに、二人は池に臨んだ石垣の上へ出て来た。樹蔭に置並べた共同腰掛には午睡の夢を貪っている人々がある。蒼ざめて死んだような顔付の女も居る。貧しい職人体の男も居る。中には茫然と眺め入って、どうしてその日の・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・ いちばん高級な読書の仕方は、鴎外でもジッドでも尾崎一雄でも、素直に読んで、そうして分相応にたのしみ、読み終えたら涼しげに古本屋へ持って行き、こんどは涙香の死美人と交換して来て、また、心ときめかせて読みふける。何を読むかは、読者の権利で・・・ 太宰治 「一歩前進二歩退却」
・・・竜騎兵中尉と君僕の交換をしている人はむやみに多いのだから。殊に少し酒が廻っていると、君僕の交際範囲が広くなる。そこで一旦君僕で話をした人に、跡で改まった口上も使いにくい。とうとう誰彼となく君僕で話す。先方がそれに応ずると否とは、勝手である。・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・この工事を県当局で認可する交換条件として上高地までの自動車道路の完成を会社に課したという噂話を同乗の客の一人から聞かされた。こうした工事が天然の風致を破壊するといって慨嘆する人もあるようであるが自分などは必ずしもそうとばかりは思わない。深山・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
出典:青空文庫