・・・という大きな神秘と、絶えず直接の交通を続けているためか、川と川とをつなぐ掘割の水のように暗くない。眠っていない。どことなく、生きて動いているという気がする。しかもその動いてゆく先は、無始無終にわたる「永遠」の不可思議だという気がする。吾妻橋・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・のみならずいずれも武装したまま、幾条かの交通路に腹這いながら、じりじり敵前へ向う事になった。 勿論江木上等兵も、その中に四つ這いを続けて行った。「酒保の酒を一合買うのでも、敬礼だけでは売りはしめえ。」――そう云う堀尾一等卒の言葉は、同時・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・食料品はもとよりすべての物資は東倶知安から馬の背で運んで来ねばならぬ交通不便のところでした。それが明治三十三年ごろのことです。爾来諸君はこの農場を貫通する川の沿岸に堀立小屋を営み、あらゆる艱難と戦って、この土地を開拓し、ついに今日のような美・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・……いやしくも温泉場において、お客を預る自動車屋ともあるものが、道路の交通、是非善悪を知らんというのは、まことにもって不心得。」……と、少々芝居がかりになる時、記者は、その店で煙草を買った。 砂を挙げて南条に引返し、狩野川を横切った。古・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ 実に、児童等をして、交通危害に関する恐怖より、一時なりとも解放することは、彼等の身心の発達上に及ぼす影響こそ真に大でなければならぬ。 今から、二十年ばかり前までは、市中には、まだ電車も、自動車もなかったといっていゝ。ただ馬車や、人・・・ 小川未明 「児童の解放擁護」
・・・ こうして、下界との一切の交通を絶ってしまった佐助は、冬眠中の蛇を掘り出して卑怯の術ではない。めったなことに卑怯はならぬ。まった忍術とは……」「忍術とは……?」 すかさず訊くと、戸沢図書虎先生は雲の上でそわそわとされているら・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・ 今日交通の便開けた時代でも、身延山詣でした人はその途中の難と幽邃さとに驚かぬ者はあるまい。それが鎌倉時代の道も開けぬ時代に、鎌倉から身延を志して隠れるということがすでに尋常一様な人には出来るものでないことは一度身延詣でしてみれば直ちに・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 此処は当時明や朝鮮や南海との公然または秘密の交通貿易の要衝で大富有の地であった泉州堺の、町外れというのでは無いが物静かなところである。 夕方から零ち出した雪が暖地には稀らしくしんしんと降って、もう宵の口では無い今もまだ断れ際にはな・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・捕かまる時、オレは交通費として現金を十円ほど持っていた。俺たちのように運動をしているものは、命と同じように「交通費」を大切にしている。――印を押そうと思って、広げられた帳面を見ると、俺の名から二つ三つ前に、知っている名前のあるのに目がとまっ・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・それから、君、電車が出来て交通は激しくなる――市区改正の為にどしどし町は変る――東京は今、革命の最中だ」「海老茶も勢力に成ったね」と原は思出したように。「うん海老茶か」と相川は考深い眼付をして言った。「女も変った」と原は力を入れ・・・ 島崎藤村 「並木」
出典:青空文庫