・・・今になって思って見ればね、お前さんはあの約束をおしの人を亭主に持った方が好かったかも知れないと思うわ。そら。あの時そういったのは、わたしが初めよ。勘忍してお遣りとそう云ったわ。あの事をまだ覚えていて。あの時お前さんがわたしの・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・それから、ご亭主も、仕方無さそうに苦笑いして、「いや、まったく、笑い事では無いんだが、あまり呆れて、笑いたくもなります。じっさい、あれほどの腕前を、他のまともな方面に用いたら、大臣にでも、博士にでも、なんにでもなれますよ。私ども夫婦ばか・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・門番のおばさんでも、気の変な老紳士でも、メーゾン・レオンの亭主でも、悪漢とその手下でも、また町のオーケストラでも、やっぱり縦から見ても横から見てもパリの場末のそれらのタイプである。 レオンの店をだされたアンナが町の花屋の屋台の花をぼんや・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ * 金剛寺坂の笛熊さんというのは、女髪結の亭主で大工の本職を放擲って馬鹿囃子の笛ばかり吹いている男であった。按摩の休斎は盲目ではないが生付いての鳥目であった。三味線弾きになろうとしたが非常に癇が悪い。落話家の・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・「いや、それについて不思議な話があるんだがね、日本から手紙の届かない先に細君がちゃんと亭主の所へ行っているんだ」「行ってるとは?」「逢いに行ってるんだ」「どうして?」「どうしてって、逢いに行ったのさ」「逢いに行くにも・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・その人相を見るに、これは夫婦ぐらしで豆屋を始めて居て夫婦とも非常な稼ぎ手ではあるが、上さんの方がかえって愛嬌が少いので、上さんはいつも豆の熬り役で、亭主の方が紙袋に盛り役を勤めて居る。もっともこの亭主は上さんよりも年は二つ三つ若くて、上さん・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・あの女の人は孫娘らしい。亭主はきっと礦山ひるの青金の黄銅鉱や方解石に柘榴石のまじった粗鉱の堆を考えながら富沢は云った。女はまた入って来た。そして黙って押入れをあけて二枚のうすべりといの角枕をならべて置いてまた台所の方へ行った。 二人はす・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・そこで二人目の子供を産んで半月立った或る夕方、茶の間に坐っていた女がいきなり亭主におこりつけた。「いやな人! 何故其那に蓮の花なんぞ買いこんで来たんだよ、縁起がわるい!」 亭主は働きのない、蒼い輓い顔をした小男であった。「――俺・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・ こう云っている所へ、木賃宿の亭主が来た。今家主の所へ呼ばれて江戸から来た手紙を貰ったら、山本様へのお手紙であったと云って、一封の書状を出した。九郎右衛門が手に受け取って、「山本宇平殿、同九郎右衛門殿、桜井須磨右衛門、平安」と読んだ時、・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・それは亭主に泣いてはならぬと云われたからである。女と云うものは涙をこらえることの出来るものである。 翌日は朝から晩まで、亭主が女房の事を思い、女房が亭主の事を思っている。そのくせ互に一言も物は言わない。 ある日の事である。ちょうど土・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫