・・・「私は、私の仇敵を、ひしと抱擁いたします。息の根を止めて殺してやろう下心。」これは、有名の詩句なんだそうだが、誰の詩句やら、浅学の私には、わからぬ。どうせ不埒な、悪文学者の創った詩句にちがいない。ジイドがそれを引用している。ジイドも相当に悪・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
・・・等しく君の仇敵である。裏切者としての厳酷なる刑罰を待っていた。撃ちころされる日を待っていたのである。けれども私はあわて者。ころされる日を待ち切れず、われからすすんで命を断とうと企てた。衰亡のクラスにふさわしき破廉恥、頽廃の法をえらんだ。ひと・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・亭主をこれから鉄道に勤めさせようと思っている事、悪い詩の友だちがついているから亭主はこのままでは、ならず者になるばかりだろうという事、にこりともせず乱れた髪を掻きあげ掻きあげ、あたかもその雑誌社の人が仇敵か何かでもあるみたいに、ひどく憎々し・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・ 一事が万事、なにかいつも自分がそのために人から非難せられ、仇敵視されているような、そういう恐怖感がいつも自分につきまとって居ります。そのためにわざと、最下等の生活をしてみせたり、或いはどんな汚いことにでも平気になろうと心がけたけれども・・・ 太宰治 「わが半生を語る」
・・・井伊と吉田、五十年前には互に倶不戴天の仇敵で、安政の大獄に井伊が吉田の首を斬れば、桜田の雪を紅に染めて、井伊が浪士に殺される。斬りつ斬られつした両人も、死は一切の恩怨を消してしまって谷一重のさし向い、安らかに眠っている。今日の我らが人情の眼・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・言はばニイチェは、師匠の仇敵を討つた勇士のやうなものである。文部省の教科書でも、ニイチェは大に賞頌して書かれねばならない。 最後に、僕自身のことを話さう。僕はショーペンハウエルから多くを学んだ。僕の第二詩集「青猫」は、その惑溺の最中・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
出典:青空文庫