・・・いや、何もおれは今更お前の慈善行為にけちをつける気は、毛頭ない。目的はどうであれ、慈善は大いによろしい。広告費の何万円とかも国のためになるような方法で使ったら、一層よかったねなどと、この際言っても、もう追っ付くまい。ただ、おれはこれだけ言っ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ ええ、今更お復習しても始まらぬか。昔を今に成す由もないからな。 しかし彼時親類共の態度が余程妙だった。「何だ、馬鹿奴! お先真暗で夢中に騒ぐ!」と、こうだ。何処を押せば其様な音が出る? ヤレ愛国だの、ソレ国難に殉ずるのという口の下・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・そして女というものの、そんなことにかけての、無神経さや残酷さを、今更のように憎み出した。しかしそれが外国で流行っているということについては、自分もなにかそんなことを、婦人雑誌か新聞かで読んでいたような気がした。―― 猫の手の化粧道具! ・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・――私は今更ながらいい伴侶と共に発足する自分であることを知りました。気持もかなり調和的になっていたのでこの友の行為から私自身を責め過ぎることはありませんでした。 しばらくして私達はAの家を出ました。外は快い雨あがりでした。まだ宵の口の町・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・そして彼自身も今更想い起して感慨に堪えぬ様であった。「さぞ憎らしかッたでしょうねエ、」「否、憎らしいとその時思うことが出来るなら左まで苦しくは無いのです。ただ悲嘆かったのです。」 お正の両頬には何時しか涙が静かに流れている。・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・が悪いのか、母と妹とが悪いのか、今更いうべき問題でもないが、ただ一の動かすべからざる事実あり曰く、娘を持ちし親々は、それが華族でも、富豪でも、官吏でも、商人でも、皆な悉く軍人を聟に持ちたいという熱望を持ていたのである。 娘は娘で軍人を情・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・今更らに何をか嘆かむうちなびき心は君に依りにしものを これは万葉の歌だが、恋愛から入った夫婦でなくてはこうしたしみじみした諦感は起こるまい。 結婚はそのように恋愛から入らねばならないから、恋愛する態度は厳かで、純で、そし・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・今更に何をか嘆かむ打ち靡き心は君に依りにしものを 調和した安らかな老夫婦は実に美しく松風に琴の音の添うような趣きがあって日本的の尊さである。 君臣、師弟、朋友の結合も素より忍耐と操持とをもってではあるが終わりを全うするも・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・がえらくて、賃銀は少なかった。が今更、百姓をやめて商売人に早変りをすることも出来なければ、醤油屋の番頭になる訳にも行かない。しかし息子を、自分がたどって来たような不利な立場に陥入れるのは、彼れには忍びないことだった。 二人の子供の中で、・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・泣いたって今更仕様がねえ。」 武松が、屍体に涙がかゝっては悪いと思いながら、娘の肩を持ってうしろへ引っぱった。「泣くでない。」 しかし、そう云いながら、自分も涙ぐんでいた。それから、又、一人の坑夫が引っぱり出された。へしゃがれた・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
出典:青空文庫