・・・本堂のような所にはアラバスターの仏像や、大きな花崗石を彫って黄金を塗りつけた涅槃像がある。T氏はこれに花を供えて拝していた。 帰途に案内者のハリーがいろいろの人の推薦状を見せて自慢したりした。N氏の英語はうまいがT氏のはノーグードだなど・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・私には古いギリシアか仏像以外のものは分らない。ロダンでさえ分らないくらいである。それで帝展の彫刻から受取るものの総和はむしろやはり一種の怪奇の感だけである。 ここまで書いた時に私はふとあの有名な西郷の銅像や広瀬中佐の群像を想い出した。そ・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・本堂の裏に三棟独立した堂宇があり、内に三対ずつの仏像を蔵している。徳川時代のものだろうか。もう暗いので、朧に仏像の金色が見えただけ、木像、光背も木。余り立派な顔の仏でないようだ。境内宏く、古びた大銀杏の下で村童が銀杏をひろって遊んでいる。本・・・ 宮本百合子 「金色の秋の暮」
・・・昔、仏像の製作者が、先ず斎戒沐浴して鑿を執った、そのことの裡に潜む力は、水をかぶり、俗界と絶つ緊張の中に存するのではなく、左様にして後、心を満たし輝かす限りないポイズの裡にあるのではないだろうか。〔一九二一年十二月〕・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
この間、ほんの四五日であったが奈良に行った。そして、短い時間に慾張って処々の寺にあるよい仏像などを見た。奈良には、十九ばかりの頃、中学三年生の弟と春休みに数日暮したことがあった。その時は大阪にいた親戚により、大阪から今はも・・・ 宮本百合子 「宝に食われる」
・・・資本主義社会の被搾取階級が苦しんでいる苦しみから、具体的に経済的に解放してくれるものは、線香の煙で黒光りになった一個の仏像ではありません。減俸はお釈迦の考え出したことではありません。従ってお釈迦の力で減俸案をどうも出来なかった事実は、現実に・・・ 宮本百合子 「反宗教運動とは?」
・・・わななく手に紐を解いて、袋から出した仏像を枕もとに据えた。二人は右左にぬかずいた。そのとき歯をくいしばってもこらえられぬ額の痛みが、掻き消すように失せた。掌で額を撫でてみれば、創は痕もなくなった。はっと思って、二人は目をさました。 二人・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・日本人に深い精神的内容を与えた仏教は、蓮華によって象徴されているように見える。仏像は大抵蓮華の上にすわっているし、仏画にも蓮華は盛んに描かれている。仏教の祭儀の時に散らせる華は、蓮華の花びらであった。仏教の経典のうちの最もすぐれた作品は妙法・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
・・・その愛が酪駝の隊商にも向かえば、梅蘭芳にも向かい、陶器にも向かえば、仏像にも向かう。特に色彩と輪郭と音響とは、彼から敏感な注意をうける。この心の自由さと享楽の力の豊かさとが、『地下一尺集』の諸篇をして、一種独特な、美しい製作たらしめるのであ・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
・・・その神話的な、象徴化の多い表現に親しむとともに、それを具体化した仏像仏画にも接した。私は彼らの心臓の鼓動を聞くように思う。――彼らが朝夕その偶像の前に合掌する時、あるいは偶像の前を回りながら讃頌の詩経を誦する時、彼らの感激は一般の参詣者より・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫