・・・という一篇の小説に仕上るしくみになっていたのに、ああ、もはやどうでもよくなった。文章に一種異様の調子が出て来て、私はこのまま順風を一ぱい帆にはらんで疾駆する。これぞ、まことのロマン調。すすまむ哉。あす知れぬいのち。自動車は、本牧の、とあるホ・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・ほんとうの意味ではいつまでかかっても「仕上がる」見込みのない事がわかって来たから、ここらでまず一段落ついた事にしてしばらく放置してみる事にした。バックに緑色の布のかかった箪笥があって、その上に書物や新聞の雑然と置いてあるのがいかにもうるさく・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・ほとんど人跡未到な山の中の道のない所に道を求めあらゆる危険を冒しても一本の線にも偽りを描かないようにというその科学的日本魂のおかげであの信用できる地形図が仕上がるのである。そういう辛酸をなめた文化の貢献者がどこのだれかということは測量部員以・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・それでとても外国では私の事業を仕上る訳に行かない、とにかくできるだけ材料を纏めて、本国へ立ち帰った後、立派に始末をつけようという気になりました。すなわち外国へ行った時よりも帰って来た時の方が、偶然ながらある力を得た事になるのです。 とこ・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・期限までに仕上ると、会社から組には十万円、組から親方には三万円の賞与が出るのだ。仕上らないと罰金だ。 何しろ、ポムプへ引いてある動力線の電柱が、草見たいに撓む程、風が雪と混って吹いた。 鼻と云わず口と云わず、出鱈目に雪が吹きつけた。・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
出典:青空文庫